萩原 義雄 記

秋の夜長に一冊読みたい書物を読まむと決める。さて、あなただったら、どのような書物を選ぶだろうか……。一冊でも良いから読みたいと思わせる書物を選ぶことになる。刊行本であれば、図書館に出向いて書名とか編者から、お目当ての書物を検索して探し出す。見つかったら、まずは、貸し出しカウンターに必要事項を記載したカード書類を提示し、図書館貸し出し業務の方にお願いして始まる。やがて、カウンターに運ばれてきた本の書名などを確認し、カード記載した書物の手続きを済ませ借り受けてくる。現在であればPC 検索で手続きが実に容易になされる状況となっている。また、開架式図書は、自身で書物を手に取って、内容説明などからお目当ての作者・編者で書物名に辿り付くことも出来る。

鎌倉時代の吉田兼好作『徒然草』第十三段に、
独(ひとり)、燈(ともしび)のもとに文(ふみ)をひろげて、ミぬ世の人を友とするぞ、こよなうなくさむわざなる。
ふミは、文選(モンゼン)のあはれなる巻(まき)々、白氏文集(はくしふんしう)、老子(らうし)のことば、南華(なんくわ)の篇(へん)。この国の博士(はかせ)どものかけるものも、いにしへのは、あはれなること多かり。

京都大学蔵『徒然草繪抄』所収 東北大学蔵狩野文庫蔵『絵本徒然草』所収

京都大学蔵『徒然草繪抄』所収
東北大学蔵狩野文庫蔵『絵本徒然草』所収

とあって、兼好さんにとって暗くなっても灯りを灯して読もうとする書物名は、『文選』『白氏文集』『老子』と云った主に中国漢籍に馴れ親しむ時代でもあった。本邦の博士がしたためたものも含め、この書物から得る知的情報は、兼好さんにとって、言わば読みたいと思う書物は「見ぬ世の友」と言わしめる存在であった。時空を超えて作者と読者とが向き合う至福の時であったであろう。

さて、吾人達が実際どのような書物と出会うかである。文庫本・新書本などは、書店で買い求めて読むのが王道である。読みたい、知りたいと心に灯った情熱が消えやらぬうちに一気に読み進めるためにだ。単行本や、全集本はそうもいくまいから借りて読みたい書物となろう。それよりもまして、古えに刊行された書物は、図書館で閲覧するのが便利である。何度も何度も通って、読み進めていくと、座右に置いて何時でも読みたい書物にも出会えることになる。

辞典・事典類も身近にあれば嬉しい。昨今、国語辞典である『広辞苑』第七版、漢和辞典である『新字源』が新版としてて刊行されるという広告を目にする。編纂態勢も大きく変容し、新たな知の説明に出会えることにもなる。
 
 
128_b注記1『徒然草』(一三三一(元徳三)年成る)大和絵入り『徒然草』所収画像
■『文選』梁の武帝の太子、昭明太子の選。春秋時代の周から六朝時代の梁まで約千年間の詩歌・散文を集める。全三十巻。聖徳太子の時代にすでに輸入され、知識人に深い影響を与えた。『枕草子』にも「ふみは、文集、文選、史記、五帝本紀、願文、博士の申文」とある。この『枕草子』の文章は『徒然草』此の段に影響を与えている。■『白氏文集』唐の白楽天の詩文集。平安時代に日本に藤原公任によって紹介され、知識人の間で愛好された。全七十五巻だったが一部消失して七十一巻が今に伝わる。■『老子』『老子道徳経』。周の老子著と仮託される書。■南華の篇『荘子』。戦国時代の荘周の書。『南華真経』とも。「南華」は荘子が隠棲した場所の名。『老子』と並び道家の根本法典とされる。■此(こ)の国の博士どもの書ける物■博士狭義には大学寮に属した文章博士など。広義には知識人。
 
注記2 岩波『広辞苑』第七版岩波書店の国語辞典「広辞苑」が、10年ぶりに改訂される。新版となる第七版は二〇一八年一月十二日発売で、新たなIT 関連用語も多数収録されるという(ITmedia )。『広辞苑』は一九五五(昭和三〇)年に国語辞典『辞苑』を大幅に改訂したものとして初版本が刊行され、そこから数年〜十数年ごとに改訂を繰り返していた。第七版では新たに一万項目を追加、頁数も一四〇頁増えているという。追加されたことばは多岐にわたり、カタカナ語では「ツイート」や「クラウド」、「クールビズ」「ブロガー」「リスペクト」など、また現代語でも「上から目線」「可視化」「婚活」「自撮り」といったことばが追加されている。また、人名では「赤塚不二夫」「スティーブ・ジョブズ」などが追加されている。
価格は普通版が九千円、机上版が一万四千円。二〇一八年六月三十日まではそれぞれ特別価格八千五百円、一万三千円で提供される。
http://kojien.iwanami.co.jp/feature/
注記3 角川『新字源』改訂新版
https://kadobun.jp/readings/60
漢字の正確な知識を得られる辞典として圧倒的な支持を得ている『角川新字源』が、23年ぶりの全面改訂となります。1968年の初版から、支持され続けて50年、収録漢字や解説の的確さで450版、570万部の実績があります。詳細が決まりましたら、あらためてご案内致します。
【本書の主な特徴】
・常用漢字表改定に携わった京都大学名誉教授・阿辻哲次氏をはじめ、当代最高峰の研究者が集結
・机の上で百八十度開けて戻らないフレキシブルバックを採用
・和漢の古典を読むのに必要な文字を網羅した収録漢字13,500字
・約十万五千(含参考熟語)の熟語で研究レベルの漢文読解にも対応
・約九千の古代文字と漢籍から収集した14,000 超の出典用例は類書中最多
【商品情報】発売予定日二〇一七年十月下旬、本体価格(予価)三千円 B6版約二千頁