萩原 義雄 識

日々、紙の媒体を用いた作業を続けていて、とりわけ、古えの時代毎に併せて精選された辞書の文字やことばを吾人は生業にする。此の作業に欠かせない紙は、洋紙と和紙と大きく使い分けられ、印刷方法も大いに異なっている。洋紙には活字によるインク印刷が不可欠であり、此に対し、和紙は木版彫刻による墨彩を主にした摺り版用の墨汁が主として使われ、孰れも綴じ合わせて、人が手に取って読み易い書藉本に成して、多くのことばや絵画の視覚性の知的情報を記録し、後世に遺してきている。その生産性は、近代の明治一六年を境目に洋紙利用が勝り、和紙での情報は一気に激減していく。とは言え、和紙での情報も、その後も明治・大正・昭和・平成・令和の時代を通じて引き継がれてきた。そして、今は文書作成や書藉も紙の媒体から軽く薄いフィルム状の電子媒体へと大いに様変わりし続けてきている。これはさておき、本月のテーマを撰びすぐるなかで、六月を迎えるこの時季、鉛筆、毛筆、ペン、パーソナルワープロで書き綴ってきた資料の整理にも苦慮するときでもある。書き用の異なる紙くずの仕分け整理の時が訪れる時となっている。

吾人の周囲には紙媒体がひしめき、和紙あり、洋紙あり、その取扱いは大いに異なるものとなっている。基を糺せば孰れも植物性の原材料に染料インクや墨汁を以て文字絵画化する。最も新しい出来映えのものは仄かに香りが漂うものであったであろう。日々摺られる新聞や雑誌類は正にその典型とも言える。

此等に書き留めた知の情報は、たとえメモ覚書きでも忘失するものなので、読み返すことで脳裡に幽かな記憶としていたキーワードが互いに結び合って、新たな知の情報が再び構築され新たに作成することができるからだ。一度は紙屑としていたなかにも眠る知の寳物がある。捨てずに良かったなぁという瞬間でもある。また、棄てるものあれば拾うものありなのかもしれない。当然、ある人が捨てたものを別の人がその価値を見出すこともあり、知の寳物は、その価値観に気づくひらめき感を養い育てることの大切さを思い知らされるからだ。

今日、氣付いたことに、古辞書『節用文字』(いろは引きの『字類抄』系の原書未整理の平安時代末成立の一冊零本、德富猪一郎旧蔵)を例しに一語を繙くに、
 
蝸牛 カタツフリ  カヘル 蝦蟇 螻蟈 ・・・ 蠛蠓 カツヲムシヘツモウ

茲にカ部(虫類)語群から六月にお馴染みとなる生き物の語を抽出し揚げてみた。①「かたつむり」は、入梅と紫陽花。②の「蛙」も同じ。③「蝦蟇」④「螻蟈」は類語名称。そして、④「蠛蠓」は、紙本や衣類を蝕む虫名となっていて、現在も「かつおむし」は生存し、その防虫駆除対象の虫として知ることができる。言わば晩春から初夏六月を代表する虫名群の称が千年以上以前の古辞書に所載する。

ただし、蝕むものが暮らしのなかで変容してきていることもあり、類似性害虫としての新語(明治時代初期にカドマルカツオブシムシDermestes (Dermestes)haemorrhoidalis Küster, 1852)に、「かつおぶしむし」の語が誕生してきていることを知ることになる。
 
【補助参考資料】
小学館『日本国語大辞典』第二版
かつお-むし[かつを‥]【鰹虫】〔名〕(1)昆虫「ぬかか(糠蚊)」の古名。*十巻本和名類聚抄〔九三四(承平四)頃〕八「蠛蠓爾雅集注云蠛蠓〈上亡結反下亡孔反漢語抄云加豆乎无之日本紀私記云蠛末久奈岐〉小虫乱飛也磑則天風舂則天雨」*色葉字類抄〔一一七七(治承元)~八一〕「蠛蠓カツヲムシ小虫乱飛也」(2)昆虫「あめんぼ(水黽)」の異名。*俳諧・俳諧新式〔一六九八(元禄一一)〕五月の詞「蛆水馬(カツホムシ)水鳥(みづとり)の巣」*和漢三才図会〔一七一二(正徳二)〕五四「水馬(カツヲムシ)水黽俗云鰹虫(カツヲムシ)」*改正増補和英語林集成〔一八八六(明治一九)〕「Katsuomushi カツヲムシ水馬」【方言】(1)貯蔵してある小豆などにつく小さい黒い虫。《かつおむし》新潟県佐渡352(2)虫、あめんぼ(水黽)。《かつおむし》畿内†020(3)虫、たまむし(玉虫)。《かつうむし》福島県石城郡054【発音】〈標ア〉[オ]【辞書】和名・色葉・名義・和玉・日葡・書言・言海【表記】【蠛蠓】和名・色葉・名義・書言・言海【蠛・蠓】和玉
 
かつおぶし-むし[かつをぶし‥]【鰹節虫】
〔名〕カツオブシムシ科に属する甲虫の総称。体長は数ミリメートルから大きいもので約一センチメートル。円形ないし長楕円形で、鱗片または細毛におおわれる。多くは黒みを帯びる。鰹節に穴をあけるトビカツオブシムシをはじめ、毛皮、毛織物を食害するヒメマルカツオブシムシなど、日本に約四〇種が分布する。幼虫は短い毛虫形で、成虫と同様の害をする。かつぶしむし。学名はDermestidae【発音】〈標ア〉[シ]〈1〉

▼標本図絵『日本大百科全書』(ニッポニカ)参照
カツオブシムシかつおぶしむし/鰹節虫 skin beetles carpet beetles
 
□永澤六郎『動物学雑誌』322 468–469 「飼鳥野外でも大丈夫、動物標本の天敵カツオブシムシ、ディーンの魚類関係目録再び雉砲撃を予知する雉天災も予知する、佛国では鸚鵡予知に使える、紐育動物園の象と獅子殺処分さる、紐育動物園の乱暴なアフリカゾウ、濠州から輸出された野兎の皮数」の語例あり。
 
□現行の囯語辞書では、「かつおむし」は意味を⑴「ぬかか【糠蚊】の古名」⑵昆虫「あめんぼ」の異名とだけで所載していて、類字名の「かつおぶしむし」との相異が辞書として判りにくい記述となっていて、衣類や紙類を蝕む害虫の称の記述との類語意義の語であることには一切触れずじまいにある。ことばの実際で見定めるとき、暮らしの生活用語を位置づける国語辞典のなかでは、和語「かつおむし」と「かつおぶしむし」の二語は、漢字表記を未載乃至、「鰹(+節)虫」とするも、駆除対象の虫名として知ることへと繋がっていくことになる。いま、後者の語には語用例が欠かせない。
 
□国立国語研究所編、言語コーパス(language corpus)「中納言」当該語のヒット件数0
https://meetsmore.com/services/tea-tussock-moth-control/media/90479
https://www.kenso.co.jp/magazine/article/20210322a.html