萩原 義雄 記

海外の学校では夏休みが三ケ月と長いのだが、日本の学校も国公立・私学を問わず、終焉を迎える時季が近づいてきた。何と夜にもなれば、蟬の声から虫の音へと次第次第に変わりゆくことを自然界が知らせてくるのだから「不思議不思議ニッポン!」と啖呵な、お声が飛んできそうな風情だ。この蟬から秋の虫、「虫盡(むしづくし)」で云う「松虫(まつむし)」「轡虫(くつわむし)」「鈴虫(すゞむし)」「蟋蟀(きりぎりす)蛩(きりぎりす)」とならぶ。虫名は知り得ても鳴き声はどうだろうか?人は「聞きなし」と呼ぶ。これを聊か求めておくと、手塚治虫の少女漫画『リボンの騎士』第一卷、第八章〔一四二頁〕に地上に下りたチンクが眠りのなかで聴く場面が登場する。
 
その鳴き声は、
(1)リ!リーリ。リー
(2)スイーッチョスイーッチョ
(3)チーンチーン

さて、どの鳴き声がどの虫の音だろうか?お考えなさってくださいと云う感じで、虫は登場せず、交響楽団で楽器を演奏する姿で虫を擬人化して描き出していて、実に見応えのする一コマとなっている。夜になれば、閑かな路傍の叢から今日も一斉に虫たちが鳴き出しはじめた。
森下典子著『好日日記』〔PALKO 出版刊〕にも、九月に入り残暑は相変わらず厳しいけれど、夜は、あちこちから虫の音が聞こえる。リーン、リーンという鈴虫の澄んだ音色に混じって、コオロギがキリキリ、キリキリと鳴いている。〔秋の章一四八頁〕と、ここにも聞きなしている。

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さて、この夏休みに北海道札幌、夏の風物詩ともいう北海道マラソンも嘗ての暑さ対策レースから小雨交じりのなかを北大校内もコースとして走り抜けた。吾人は、大会前日の二四日にスロー・ランニングを二時間ほど楽しんでみた。北大校内も見所満載だが、医学部付近には木造の新しい建造物が並ぶ。大学に池は付きもの、池の水面には白き蓮の花が咲き誇る。植物園の歩道にはポプラ樹木の木屑を敷き詰めた天然クッション道が歩みを喜ばせてくれた。そして、東京に戻るも熱帯夜とはならず、日照時間が少ない、空模様は曇り雨降る夏休みになっていた。なかなか太陽の陽射しも、そして夜の月も眺めずにして時は進む。自然は時に優しくもあり、時には途方もないくらい厳しい。吾人達は、何事においても決してめげずにコツコツとゆっくりであれ、早くであれ、前向きに一歩、一歩ずつ進むことにしよう。
きっと、空に青空と大陽の光りがあるように、己れが歩み続ける道がきっと導きだせる。
 
日本国語大辞典
むし-づくし【虫尽】〔名〕(1)歌や意匠などに、虫ばかりを多く並べあげる趣向。また、そのもの。《季・秋》*浮世草子・浮世栄花一代男〔一六九三(元禄六)〕二・二「やさしき形の物や虫(ムシ)づくしの草紙に是を書もらせし事ぞと」(2)「むしあわせ(虫合)」に同じ。
*平家物語〔一三C前〕九・生ずきの沙汰「絵合・草づくし・虫づくし・さまざま興ありしことども、思ひ出で」*浮世草子・本朝浜千鳥〔一七〇七(宝永四)〕四・一「さては絵合・むしづくし・千種香花月の道筋おぼへて」【発音】〈標ア〉[ズ]
むし-あわせ[‥あはせ]【虫合】〔名〕(1)歌合の一つ。左右に分かれて、それぞれの出した虫にちなむ歌を詠み、虫や歌の優劣を競う遊び。*俳諧・おらが春〔一八一九(文政二)〕「さる物から、長嘯子の虫合に哥の判者にゑらまれしは、汝が生涯のほまれなるべし」(2)物合(ものあわせ)の一つ。種々の虫を持ち寄って、その鳴き声や形状などについて優劣を競う遊び。
《季・秋》*俳諧・毛吹草〔一六三八(寛永一五)〕二「虫合 金虫 玉虫 蓑虫 いとと こうろぎ かまきり」*俳諧・新類題発句集〔一七九三(寛政五)〕秋「深草や嵯峨野にまけぬ虫あはせ〈四水〉」【発音】〈標ア〉[ア]〈京ア〉[ア]