萩原 義雄 識

この時節、誰もが口にする「豌豆豆」について、国語辞書である岩波書店刊『広辞苑』第七版に、
 
えん-どう【豌豆】ヱン‥(古く豆類を中国に輸出していた大宛(だいえん)国(現、ウズベキスタンのフェルガナ州)にこじつけたものか)マメ科の一年生または二年生作物。原産地は未詳。全世界に分布し、主要作物の一つ。日本へは中国から渡来。春、紫・紅
・白色のスイートピーに似た蝶形花をつける。種子を食用とし、茎葉を飼料とする。完熟豆が赤褐色の赤豌豆、花後の若い莢(さや)を食べる莢豌豆など、多くの品種がある。遺伝学の古典的実験材料。野良豆。文豆。〈夏〉。「豌豆の花」は〈春〉。伊呂波字類抄「園豆、ヱントウ」[豌豆]↓えんどう‐そう【豌豆瘡】↓えんどえんどう-まめ【豌豆豆】ヱン‥エンドウの種子。↓えん-どう【豌豆】
 
と記載する。最初の括弧欄の「こじつけ」説が他国語辞典には見えない記載内容なのである。
この首都が「宛都」、此の地からもたらされた豆だったから「エンドウ」と呼ばれたというのである。現在、豆扁に旁字「宛」の文字「豌」を用いているが、古くは、古辞書の標記語として、
 
⑴【豌豆】文明・伊京・天正・饅頭・黒本・易林・書言・言海
⑵【薗豆】文明・伊京・明応・天正・黒本
⑶【園豆】色葉
⑷【豌】和玉
⑸【苑豆】文明
⑹【萹豆】ヘボン
 
とあって、⑶の平安時代末期『色葉字類抄』に「園豆」とし、次いで室町時代の文明本『節用集』他五本の⑴「豌豆」と⑵「薗豆」、⑸「苑豆」、そして単漢字で収載する『倭玉篇』の「豌」、最後に明治時代のヘボン『和英語林集成』の⑹「萹豆」がある。このうち、室町時代から明治時代まで一環して用いてきた「豌豆」となるわけだ。この豆に咲く花びらが蝶の形というのも素敵な特徴の一つである。夏目漱石は『模倣と独立』〔「(第一高等学校校友会雑誌所載の筆記による)ー大正二年十二月十二日第一高等学校においてーー」〕で、
 
先ず私たちは時間の合間合間に砂糖わりの豌豆豆《えんどうまめ》を買って来て教場のあいま中で食べる。その豌豆豆が残るとその残った豌豆豆を先生の机の抽斗《ひきだし》の中に入れて置く。
 
と、用いている。グレゴール・メンデルは

僧院の庭はさほど広くもなかったのですが、それでも六十坪ほどの土地を利用して、豌豆を栽培して見ました。そして豌豆のいろいろな種類の間に交配を行うと、どんな雑種ができるかを、一々しらべて見ました。メンデルはこの実験を八年間もつづけて行ったということです。そしてその結果が一通りわかって来たので、一八六五年にブリュンの博物学会の会合の席で、これを発表し、その翌年にはこの学会の記要に「雑種植物の研究」という題で、論文を公けにしました。これが遺伝の法則を始めて明らかにした大切な論文なのです。

として、より多くの方々に知られている。これが『広辞苑』の「遺伝学の古典的実験材料」と説くところなのである。そして、別名を「野良豆」「文豆」ともいう。
 
《補助資料》
(1)大宛(だいえん)国(現、ウズベキスタンのフェルガナ州)
22「敦煌懸泉漢簡」に記録された大月氏の使者大月氏第十簡(I 91DXT0309 ③:97)
cf.『文物』二〇〇〇- 五:四〇
『釈粋』:一三三,no.一八九
客大月氏,大宛,踈勒,于闐,莎車,渠勒,精絶,扜彌王使者十八貴人□人
【翻訳】:
大月氏,大宛(フェルガナ),疎勒(カシュガル),于闐(ホータン),渠勒(コルラ),精絶(ニヤ),扜彌(ホタン東方のラワク?)の各王使者十八,貴人□人
【注釈】:懸泉置において接待した西域王国の使者の名簿(?)
 
小学館『日本国語大辞典』第二版
えん- どう[ヱン‥]【豌豆】〔名〕(1)マメ科の二年草または一年草。ヨーロッパ原産で、古くから栽培されており、品種が多い。多くはつる性で高さ一メートル内外。葉は一~三対の卵形の小葉をもった羽状複葉で、先端は分岐した巻ひげとなる。托葉は半切した心臓形で小葉より大きい。春、葉腋から長い花茎を出し一~五個の紫色または白色の蝶形の花をつける。豆果は線状長楕円形、種子は褐色、白色または緑色。種子と若いさやを食用とする。のらまめ。ぶんとう。学名はPisum sativum《季・夏》▼えんどうの花《季・春》*色葉字類抄〔一一七七(治承元)~八一〕「園豆ヱントウ」*経覚私要鈔- 文安四年〔一四四七(文安四)〕年四月一六日「蓮阿父子来。榼一・餠一折・薗豆一合進レ之」*御湯殿上日記‐文明一六年〔一四八四(文明一六)〕四月二〇日「ひんかしのとうゐん殿よりゑんとうまいる」*俳諧・毛吹草〔一六三八(寛永一五)〕二「九月〈略〉薗豆(エンドウ)」*日本植物名彙〔一八八四(明治一七)〕〈松村任三〉「エンドウ豌豆」(2)「そらまめ(空豆)」の異名。*重訂本草綱目啓蒙〔一八四七(弘化四)〕二〇・穀「蚕豆そらまめ〈略〉えんどう芸州」【方言】【植物】。(1)そらまめ(空豆)。《えんどう》島根県鹿足郡724 広島県030779782 山口県030794《えんど》広島市050(2)いんげんまめ(隠元豆)。《えんどう》山口県大津郡794(3)はまえんどう(浜豌豆)。《えんどう》山形県飽海郡139(4)げんげ(紫雲英)。《えんどう》山梨県454【語源説】葛(かずら)の異名「宛童」をあてた語〔海録〕。【発音】エンドー〈なまり〉イェンド〔瀬戸内〕イェンドー〔八丈島〕インド〔伊賀〕撤ンジュ・撤ンジュー・撤ンズ・撤ンドー〔鹿児島方言〕エンズー〔埼玉方言・佐賀・長崎〕エンヅ〔熊本分布相〕エンド〔東京・岐阜・神戸・和歌山県・周防大島・伊予〕エンドン〔石川〕〈標ア〉[エ]〈京ア〉(ン)【辞書】色葉・和玉・文明・伊京・明応・天正・饅頭・黒本・易林・書言・ヘボン・言海【表記】【豌豆】文明・伊京・天正・饅頭・黒本・易林・書言・言海【薗豆】文明・伊京・明応・天正・黒本【園豆】色葉【豌】和玉【苑豆】文明【萹豆】ヘボン【図版】豌豆(1)
 
のら- まめ【野良豆】〔名〕(1)植物「えんどう(豌豆)」の古名。*十巻本和名類聚抄〔九三 四(承平四)頃〕九「野豆本草疏云豌豆〈上於丸反〉一名野豆〈乃良万女〉」*物類称呼〔一七七五(安永四)〕三「豌豆ゑんどう畿内にて、のらまめと云東国にて、ゑんどうと云」(2)植物「そらまめ(空豆)」の異名。*物類称呼〔一七七五(安永四)〕三「蚕豆そらまめ東国にて、そらまめといふ西国にて、たうまめ〈略〉尾張にて、のらまめ同名有、別種也、是は空豆の転語にや」*重訂本草綱目啓蒙〔一八四七(弘化四)〕二〇・穀「蚕豆そらまめ〈略〉のらまめ尾州」(3)植物「つるまめ(蔓豆)」の異名。【方言】植物、えんどう(豌豆)。《のらまめ》京都† 003 岐阜県一部030【語源説】(1)野に生えたところから、「ノラマメ(野豆)」の義〔箋注和名抄・日本語原学=林甕臣〕。(2)「ヌメラマメ(滑豆)」の義〔日本語原学=林甕臣〕。【発音】〈標ア〉平安○○●●〈京ア〉(マ)【辞書】和名・色葉・名義・書言・言海【表記】【野豆】和名・色葉・名義・言海【豌・䝁】色葉【豌豆】名義【豌豆・囘鶻豆】書言
 
ぶん- どう【文豆】〔名〕植物「やえなり(八重生)」の異名。《季・秋》*日葡辞書〔一六〇三(慶長八)~〇四〕「Bundo< (ブンダウ)」*俳諧・毛吹草〔一六三八(寛永一五)〕二「ぶんとう」*養生訓〔一七一三(正徳三)〕四「緑豆(ブンダウ)に榧子(かや)を食し合すれば殺〓人」*日本植物名彙〔一八八四(明治一七)〕〈松村任三〉「ヤエナリブンドウ緑豆」【方言】【植物】(1)やえなり(八重生)。《ぶんどう》畿内† 020 大阪† 116 周防† 122 長州† 122 岐阜県一部030 愛知県一部030 京都府一部030 大阪府一部030 奈良県030 広島県高田郡779 山口県大島801 高知県一部030《ぶんどうあずき》奈良県030 広島県一部030《ぶんとう》京都† 003 長州† 122《ぶんず》岡山県一部030(2)えんどう(豌豆)。《ぶんどう》芸州† 028 群馬県多野郡246 埼玉県秩父郡250 岐阜県恵那郡514 滋賀県滋賀郡608 京都府中郡623 与謝郡627 広島県高田郡779《ふんどう》岐阜県恵那郡514《ぶんど》埼玉県北足立郡062滋賀県蒲生郡062 龍根609《ぶんずう》群馬県一部030 北甘楽郡229 埼玉県一部030 秩父郡251《ぶんつう》埼玉県秩父郡251《ぶんじゅう》鹿児島県一部030《ぶんぞう》群馬県一部030碓氷郡227 東京都一部030 長野県南佐久郡054 佐久493(3)さやえんどう(莢豌豆)。《ぶんず》埼玉県川越257《ぶんずう》千葉県印旛郡054《ぶんつう》群馬県勢多郡236(4)ささげ(〓豆)。《ぶんどう》愛媛県一部030《ぶんず》千葉県上総001(5)なたまめ(鉈豆)。《ぶんど》岐阜県恵那郡498(6)ふじまめ(藤豆)。《ぶんぞ》奈良県一部030(7)こまつなぎ(駒繋)。《ぶんどう》高知県香美郡808(8)やまぶどう(山葡萄)。《ぶんず》福島県石城郡178(9)えびづる(〓〓)。《ぶんぞ》福島県相馬054【発音】ブンドー〈標ア〉[0]【辞書】日葡・書言・言海