令和8年1月2日、3日、第102回東京箱根間往復大学駅伝競争(東京・読売新聞社前〜箱根・芦ノ湖 10区間 217.1キロメートル)が開催されました。
毎年、教育後援会厚生部では朝早くから大手町の常盤橋付近に集まり、場所取りを行っています。厚生部のメンバーが藤色のジャンバーやキャップ、手袋、タオルを身につけていると、駅伝の観戦にいらした方々から「駒澤大学を応援しています。頑張ってください。」と温かい言葉をかけられます。また、他大学のOBの方から話しかけられるなど、沿道は毎年、観戦者同士の絆も深まる場となっています。

往路スターターを務めた小山翔也選手は、混戦の中でも落ち着いた走りを見せ、5位で襷を渡してチームに好スタートをもたらしました。2区桑田駿介選手は、留学生や各校のエースが集う過酷な区間において、準備期間が短い状況にありながらも順位を4位まで押し上げる健闘を見せました。3区帰山侑大選手は区間2位の快走を見せました。帰山選手の活躍により一時はチーム順位が2位まで押し上げられ、優勝争いに踏みとどまるための大きな推進力となりました。4区村上響選手は、レース中の12〜13km付近で足に痛みが発生するアクシデントに見舞われましたが、痛みの中でも最後まで襷を繋ぎきりました。5区安原海晴選手は、初めての箱根駅伝、かつ急な出走準備という厳しい条件下で伝統の「山上り」に挑みました。粘り強く走り抜き、チームは往路7位でゴールしました。
厚い雲に覆われた往路からエースたちの執念という光が差し込んだ復路。2日の夜には東京で初雪が降るなど、駅伝を走る選手に影響はないかと心配しましたが、3日の箱根は雪の影響もなく快晴となり、一安心いたしました。復路6区伊藤蒼唯選手は、往路7位と出遅れたチーム状況の中、芦ノ湖から先頭との差を30秒以上詰め、順天堂大学を抜いて6位へと順位を押し上げる反撃の起点となりました。さすが、必殺のゲームチェンジャーですね。7区谷中晴選手は、前日までの疲労により体調が万全ではない中での出場となりましたが、走力のある選手が必要不可決であると言われるこの区間を走り切りました。8区山川拓馬選手は、故障を抱えながらも粘り強い走りで後続を引き離し、チームの順位を安定させました。9区菅谷希弥選手は、各校のキャプテンや準エースが集うことで逆転劇が起こりやすい9区という重責を担い、アンカーへと反撃に望みを繋ぐ役割を果たしました。最後、アンカー10区の佐藤圭汰選手は、怪我という絶望的な状況を乗り越え、従来の区間記録を19秒更新する驚異的な区間新記録を樹立し、歴史に残る伝説的な快走を見せました。

大手町では、後援会のメンバーやOB・OGはスマホを見ながら佐藤選手がやって来ることを待ち望んでいると、「佐藤選手が13.7km地点で前を走る城西大学を捉えて抜いた。」と朗報が入り、その場にいた方々から歓喜の声が上がっていました。午後1時25分、ゴール手前常盤橋に、佐藤選手が走ってくると、「佐藤、頑張れ〜。」と応援の声が響き渡っていました。選手が力を振り絞って走っていく姿を見ていると心がほっこりし、嬉し涙が溢れてきました。今年は選手たちの負傷により総合6位でしたが、それぞれの選手が怪我にも負けず、箱根駅伝を走り切っていこうという大八木総監督から受け継いだレースへの情熱が、チームの勢いの源となっていました。今回、箱根駅伝に出場した陸上部の選手はもちろんのこと、箱根の天候を確認するために朝6時から箱根の道に立つ陸上部の部員、箱根や大手町で陸上部の応援をしていた駒澤大学應援指導部ブルーペガサスの皆さん、そして、陸上部のために食事を作っている寮母さんほか、たくさんの方々が箱根駅伝に向けて、日々、一生懸命活動いただいていることに深く感謝申し上げます。
令和8年の箱根駅伝は終わりましたが、1月4日午前5時半、まだ日が昇る前の暗い中、駒澤大学玉川キャンパスグランドに明かりが灯り、陸上部が始動しました。今年も教育後援会は三大駅伝という大きな舞台で活躍する学生を応援します。












