
暦の季節は秋闌という時季を迎えているのだが、日中は夏の気配がまだ居すわっている感じは否めない。大学での講義も廻りだし三四回と徐々に動きはじめている頃。此の時季に見合うかのように、一斉に咲き出す「曼珠沙華」は、別称「彼岸花」と呼ばれてきた。同じ種で辺り一面に開花する習性を有する。先祖肉親の墓参を促すかのように色づく野の花ともなっている。此れを散策し鑑賞する人々も増えてきている。
巷では、リチウム電池の突然発火が社会問題となっていたりで、利便性から携帯することも多様化しているなかで、コンパクトで衝撃の承けにくい代物は、家電に並ぶ各メーカもあの手この手で研究開発したものが店頭に並び、価格も高価なものになりつつあるというところとなっている。とは言え、背に腹は代られず、家計費の思いがけない支出になっていく。この夏の猛暑とも関わってか、日常持ち運ぶ鞄の日々手を掛ける部分がアッという間にほつれ、修理に出すか、買い換えるかという思案せざるを得ないものとなってしまった。
そんなこんなのなかにあって、物を運ぶのに不可欠な「鞄」という道具は便利なのだが、開け閉めのジッパの多い容れ物は出し入れになかなか慣れず、今までの使い慣れたものが最も良いことに落ち着く。同じ品物に出会えれば幸いということだ。その修理には数日の時間を必要とするので代行物がないということに繋がる。
近場の移動であれば、紙袋や布袋ですませたり、時には書物やPC 機器などの多少重い物の運びには、風呂敷に包むのが吾人にとって一番役に立つ。でも、小物類はどこに入れたのか探す手間暇は否めない。スマート・ホーンは本来の電話機能での受信は遅くとも十一秒以内に出ないと発信者は不在通知となり、改めて此方から数秒遅れでかけ直すことが多くなってきているようだ。本来の通話機能が保てない。デジタル化の万能品は他者に盗られやすく、暗証もより高度化に防備すれば、人として備えるべき機能は益々難易度を増すであろう。
人が多く使いやすいと考えるアプリでも、その数が多くなればその機能が瞬くのうちに停滞化し、複雑化を余儀なくする暗号コードの読み取りばかりとなり、その本来の筋道と役割を失うことになっていく。いま、吾人達に必要不可欠なのは、確固とした基軸を備え、その軸にぶれない機能選択を自身のなかで常々構築することが肝要となろう。周章て、焦ることが一番禁物だと吾人は思う。
自然の光景は一様ではないが、静観することで、人の社会と個人の明日の動きがあるからだ。昨日、府中市「曼珠沙華祭り」に合わせ、郷土の森に出向いた。道々の商店は息づいていた。都心では置かれなくなった、箒具や草履などが店先にあった。樹々も百日紅、桂樹など樹影にはまだ時を要するのだろうが、ゆっくり時間を用意して改めて訪うことに吾人のこゝろは落着していた。
大國社の参道両脇には、手造りのとりどりの行灯が用意され、人の行きかいを和ませていた。
《補助資料》
2017/04/02 更新「日本言語文化理会Ⅰ」講義ノート「マンジュシャゲ【曼珠沙華】」
手塚治虫作品『どろろ』に、
◆「どろろ どうしたんだ 何を考えこんでるんだ?」
◇「うん……マンジュシャゲの花は なぜ血の色に似てるんだろう……」

【語解】「曼珠沙華」と言う花でmanjyusyage あるが、岩波『広辞苑』第七版にあっては、
まんじゅしゃげ【曼殊沙華・曼珠沙華】〔仏〕(梵語majaka)天上に咲くという花の名。四華の一種で、見る者の心を柔軟にするという。〔植〕ヒガンバナの別称。秋。日葡辞書「マンジュシャケ」と記載し、仏教語で四華の一つで天上に咲く花とされ、「見る者の心を柔軟にする」とする。これを『日国』第二版では、「これを見るものはおのずからにして悪業を離れるという」と意味合いもかなり幅広いことが見て取れ、日本には此花の名前を「彼岸花」と通常呼称する。であるが、手塚治虫は此の花の俗名「彼岸花」の名を用いずして、「曼珠沙華」の名をどろろが口にすることをここでは設定して見せているのである。「マンジュシャゲ」、すなわち天上の紅蓮華を想定させていることで、この殺戮という戦国の世の血に彩られた意味合いを読者に意識的に暗示させる手法がこの一言に込められ用いられていると見て良かろう。
小学館『日本国語大辞典』第二版
まんじゅしゃげ【曼珠沙華】〔名〕(「まんじゅしゃけ」とも)({梵}manjusaka の音訳)仏語。赤色(一説に、白色)で柔らかな天界の花。これを見るものはおのずからにして悪業を離れるという。四華の一つ、紅蓮華にあたる。日本では、彼岸花(ひがんばな)をさす。《季・秋》*いろは字〔一五五九(永禄二)〕「曼珠沙花マンジュシャケ赤色」*浄瑠璃・多田院開帳〔一六九五(元禄八)〜九六頃〕一「手向(たむ)けの花にはまんじゅしゃげ是ぞくにいふしぶと花」*日本植物名彙〔一八八四(明治一七)〕〈松村任三〉「マンジュシャケシタマガリ石蒜」*法華経-序品「是時天雨二曼陀羅華、摩訶曼陀羅華、曼殊沙華、摩訶曼殊沙華一、而散二仏上及諸大衆一」【発音】マンジュシャゲ〈なまり〉マンジューシャゲ〔伊予〕〈標ア〉[ジュ]〈京ア〉(ジュ)【辞書】日葡・饅頭・言海【表記】【蔓殊沙花】饅頭【曼珠沙華】言海
ひがん-ばな【彼岸花】〔名〕ヒガンバナ科の多年草。中国原産といわれ、古く日本に渡来し、本州以西の各地の土手、路傍、墓地などの人家の近くに生え、また、まれに栽培もされる。高さ三〇~五〇センチメートル。地中にラッキョウに似た鱗茎があり外皮は黒い。秋、葉に先だって花茎が伸び、頂に六個の花被片をもつ赤い花が数個輪生状に集まって咲く。花被片は長さ約四センチメートルの披針形で外側に巻き縁がちぢれている。花後、鱗茎から線形の厚い葉を叢生する。古くは救荒作物の一つとされていた。全草に有毒成分を含むが、煎汁を腫れもの・疥癬(かいせん)などに塗ると効果がある。漢名、石蒜。まんじゅしゃげ。しびとばな。てんがいばな。ゆうれいばな。すてごばな。はみずはなみず。学名はLycoris radiata《季・秋》*和漢三才図会〔一七一二(正徳二)〕九二末「石蒜(しびとばな)〈略〉俗云死人花、又云彼岸花」*俳諧・篗纑輪〔一七五三(宝暦三)〕七月「曼珠沙花(まんじゅさけ)本名石蒜(にら)彼岸花と云」*思ひ出〔一九一一(明治四四)〕〈北原白秋〉柳河風俗詩・曼珠沙華「赤い、御墓の曼珠沙華(ヒガンバナ)曼珠沙華、けふも手折りに来たわいな」【方言】植物。(1)「しらん(紫蘭)」。《ひがんばな》鹿児島県大島郡965(2)「くさぼけ(草木瓜)」。《ひがんばな》長崎県壱岐島914(3)「きつねのかみそり(狐剃刀)」。《ひがんばな》山形県西田川郡139 宮崎県西臼杵郡964(4)「しおん(紫苑)」。《ひがんばな》山形県139(5)「なつずいせん(夏水仙)」。《ひがんばな》鹿児島県甑島964【発音】ヒカ゜ンバナ〈なまり〉ヒーガンバナ・ヒーサンバナ・ヒランバナ〔豊後〕ビガンバナ・ヒンガンバナ〔鹿児島方言〕ヒナンバナ・ヒナンバラ〔静岡〕〈標ア〉[カ゜]〈京ア〉[0]【辞書】ヘボン・言海【表記】【彼岸花】ヘボン・言海【図版】彼岸花












