萩原 義雄 記

一雨毎に秋の気配が近づいてくる。標高1,400メートルの山中に足を運ぶと一層その気配を人先に見せてくれる。夜空には星座群の瞬きが、早朝の雲海が広がる景色と都会では味わえない世界が広がっている。間もなく都会でも桂(かつら)樹の葉が甘い香りを通わせてくる日も近い。

道元禅師の御うたに、

春は花 夏ほととぎす 秋は月 冬雪冴えて すゞしかりけり

と日本の原風景をものの見事に詠っている。その中句「秋は月」をテーマに筆を走らせてみたいと思う。現代の私たちにとって、「つき【月】」は、身近でやはり遠い天体である。一九六九(昭和四四)年、アメリカの宇宙飛行士ニール・アームストロングさんが月面に降り立ったときのメッセージは、

That’s one small step for a man, one giant leap for mankind.

これはひとりの人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては偉大な飛躍である。であった。この月世界を私たちは地球から眺めてきた。眺めて崇め祀るとき、十五という数字が時候を知るための暦づくりの基本ともなった。月の満ち欠けを算え、ことばにして伝えてきたからだ。
この和語(やまとことば)の月尽くしにして、お示しすると、

暁月夜。朝月。朝月夜。朝行く月。天満月。雨夜の月。新たなる月。有明。有明の月。十六夜の月。亥中の月。居待ち月。忌み月。薄月。朧月。朧月夜。限り月。片月見。片割月。桂。鎌月。今日の月。降り月。心の月。小望月。今宵の月。下の弓張り。空の鏡。田毎の月。黄昏月。立ち待ち月。月明かり。月朧。月形。月白・月代。月代。月立つ。月の入り。月の顔。月の鏡。月の桂。月の氷。月の頃。月の雫。月の霜。月の剣。月の出。月の名残。月の船。月の眉。月の都。月の輪。月映え。月人。月人男。月見。月見ず月。月夜。月夜烏。月夜見・月読み。晦。半ばの月。名残の月。夏の月。寝待ち月・寝待月。残りの月。後の月。後の月見。上り月。二十日月。初月。果ての月。春の月。更待ち月・更待月。臥待月。二夜の月。冬の月。星月夜。待宵。窓の月。真夜中の月。三日月・朏。望月。望の月。最中の月。厄月。夕月。夕月夜。弓張月。宵月。宵月夜。宵闇。玉兎。月影。月暈。眉月。

となる。振り仮名を施さないでおくが、是非、国語辞典を繙いてその意味をお読みいただくと秋の夜長を中西進著『日本語の力』〔集英社、二〇〇六(平成一八)年刊〕で示された(1)文明語(2)認識語(3)自国語の三つにして眺めてみるのも乙なものとならないだろうか。ほっこりなさっていただければ幸いである。
 
《注記1》
「桂(かつら)樹の葉」は、総合の野島利彰名誉教授から獨語「クーヘンバーム」と呼称し、ひっくり返すと「バームクーヘン」であの洋菓子の香りがすることをお聞きしたことを思い出す。

《注記2》
https://www.nasa.gov/mission_pages/apollo/apollo11.html 月面着陸

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