萩原 義雄 記

都会の雜沓を乖離して山野などに遠出する機会は、寒い冬なればと奮い立つ人はどれほどいらしゃるだろうか。夜空の星へと誘う都会のディスクには数字のパネルに「*」印が無数にあって、この「アステリスク」=(英:asterisk)の原語の意味は「小さい星」(ラテン語経由の古代ギリシア語)で、日本語でも「星号」、「星印」、「星」、「アスタ」とも呼ぶ。)ことを知ってか、よし、天空の星を眺めに出かけようと思い立つことに繋がれば想いを逞しく広げるちからともなろう。

悴む手先の指を「はー」と息を吹きかけながら携えてきた手持ちの地図やメモ書きの頁を捲ってはじめて向かう行き先を確認しつつ畳(たたな)われた山並みの現地に立つ。ここまで来たとしよう。

我が身一人きりと思ってみれば、そこに同じ思いの人たちがいても可笑しくない。吾人もささやかながら携えてきた無花果入り麺麭と温か飲み物など取り出して口に運ぶ前に、同じくしてこの場所に来た人に声かけ、話しかけ、星降る空間と時間を共有しながら、少しずつ持ち来た食を分け合って、夜空の共感覚の世界を育みだすことになる。まさに、簞食壺漿(たんしこしよう)での宴がここに始まり思いも一入(ひとしお)となろう。上空には「牡牛座」や「オリオン座」といった冬を代表する星座、「牡羊座」の目印ともいう「ハマル(Hamal)」、その横に並ぶ「シュラタン(Sheratan)」と見定めいく。ギリシャ神話に登場する黄金の羊を想い描く。何がそこに訪れるかは人それぞれかもしれない。標高六四二メートルでの世界がここにはあった。新たなる年のはじめ、見上げてみたい夜空の星が吾人には慥かにある。
 
たんしこしょう【簞食壺漿】『日国』第二版に、意味を「竹製の器に盛った食物と、ひさごや壺に入れた飲み物」とある。【出典】*孟子‐梁恵王・下「箪食壺漿、以迎王師
○十二月ニ内府公摂州茨木ノ郷ヘ御鷹狩ト兎出御ナリシ時所ノ御代官ナリケル河尻肥前守前駈兎御馳走ス。次ニ郷民等迄箪食壺漿ノ御迎ニ出ケル。供奉ニハ佐々淡路守堀田若狹守等ナリ。御咄衆ニハ織田有樂細川幽斎有馬金殤青木ノ法印并道阿弥半入其外勝計ス。〔内閣文庫蔵『玉滴隱見』(一八一〇・文化七年写)卷第二・二六五頁上段右4〕
 
黄金の羊 ギリシャ神話、ドラゴンが守る金皮羊、弱き羊なれど魂は強く美しい。

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