萩原 義雄 識

仲秋の名月を一日にし、二日は満月を望むこと佳き時候を日本各地で鑑賞されたことではないでしょうか。夜空をゆくりなく仰ぎ見る時間が貴く時の過ぎゆくことも忘れて見上げていた。佳月の景観は誰にも感じ得る。この遠き月に兎が宿り、「月莵(ゲツト)=つきのうさぎ」と呼称してきた。それ故、漢字には、「〈※1〉」の字が用いられている。諸橋轍次著『大漢和辞典』には、囗部四八〇〇番 3巻 89頁に見え、その拠り所とした『康煕字典』に、「〈※1〉[字彙補]道書字」とする意符書換の文字として知られる。架蔵書『字彙』を繙く前に本邦字書『字鏡集』〔尊経閣文庫蔵〕を繙いてみたが未収載字であった。だが、この『續字彙補』丑集には、此の「〈※1〉(ゲツ)」字と対ともなる「〈※2〉(ジツ)」字で「烏兎」すなわち、『日国』第二版の意味「(古く中国で「金烏(きんう)」「玉兎(ぎょくと)」と称し、太陽の中に烏、月の中に兎の象(かたち)があるとしたところから)」を継承してきたことを知り得たのである。

近代の漢字研究は、もはや一国日本国だけで考察するのではなく、東北アジア漢字文化圏という周圏国家に及ぶ。中国漢民族に始まった摩訶不思議な象形文字や会意文字などその広がりを視野においていくことになろう。とはいえ、温故知新の心構えで明治四三年に安達常正著『漢字ノ研究』〔明治四三年・六合館刊〕という圧巻の研究書にもこのことは見えていないのである。

これに伴い和語「くに」文字が悉く変容してきて、現代では「国」と表記し、本字は「國」であり、この文字は則天武后の作った文字「圀」であったり、鎌倉時代の古文書に見える「囻」字であったり、「國」の俗字「囯」が我が邦の文字として受け継がれてきた。この文字が変容したのも歴史の転換期であった平安末期の院政時代というじだいであって、二人の法皇即ち鳥羽上皇と白河上皇に一線を引くことがあり、文と武といった異なる政治態勢が影響していたことを説いてきた。「武」字は変体仮名表記するとかな「む=む」であり、囗字のなかに納めたとき「武=む」字形が「玉」字に類形することから武士の国家を意味する現代の「国」字となったことを実証して説いてきたのである。神話『古事記』国宝鎌倉時代写本の眞福寺本には、この両表記が奇しくも存在しているからややこしい。

最後に、尾花=すすき【薄】を花壺に活けて、月見団子をご用意して、「見上げてごらん夜の月を・・・・・・」を口遊みながらお話しを終りとしたい。

〈補助利用〉
小学館『日本国語大辞典』第二版
か-げつ【佳月・嘉月】〔名〕(1)めでたい月。よい時。(2)よい月。名月。*文明本節用集〔室町中〕「佳月カゲツ」*浄瑠璃・聖徳太子絵伝記〔一七一七(享保二)〕二「玲瓏たる佳月、寝所に輝いて」*楚辞-九懐・危俊「陶嘉月兮総駕、搴玉英兮自修」(3)陰暦三月の異称。
《季・春》*藻塩草〔一五一三(永正一〇)頃〕二・三月「季春漢・嘉月同」*謝恵連-西陵遇風献康楽詩「成装候良辰、漾舟陶嘉月【発音】カゲツ〈標ア〉[カ]【辞書】文明【表記】【佳月】文明

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『字彙補』(じいほ)は、清の呉任臣(ごじんしん)によって編纂された、『字彙』を補足訂正した書物。康熙五年(一六六六年)序。『康熙字典』に出典のひとつとして使われている。

安達常正『漢字の研究』〔明治四三年・六合館刊〕
う-と【烏兎】〔名〕(1)カラスとウサギ。*車屋本謡曲・放下僧〔一四六四(寛正五)頃〕「それ弓と申すは、もとすゑに烏兎のかたちをあらはし、ぢゃうゑ不二の秘法を表す」(2)(古く中国で「金烏(きんう)」「玉兎(ぎょくと)」と称し、太陽の中に烏、月の中に兎の象(かたち)があるとしたところから)太陽と月。日月(じつげつ)。*黒本本節用集〔室町〕「烏兎ウト烏ハ日兎ハ月」*左思‐呉都賦「籠烏兎於日月、窮飛走之栖宿」(3)歳月。つきひ。
*性霊集‐六〔八三五(承和二)頃〕天長皇帝為故中務卿親王講法花経願文「脂化城烏兎喘。遠而不遠即我心」*菅家文草〔九〇〇(昌泰三)頃〕四・苦日長「此時最攸患、烏兎駐如縶、日長或日短」*庭訓往来〔一三九四(応永元)~一四二八(正長元)頃〕「御任国之後、烏兎押移」*実隆公記‐文明六年〔一四七四(文明六)〕八月一三日「烏兎空過、哀慟難尽者乎」*日葡辞書〔一六〇三(慶長八)~〇四〕「Vto(ウト) ヲシウツリマウシソロ。すなわち、ヒサシュウヘダタッタ」*兆民文集〔一九〇九(明治四二)〕〈中江兆民〉政治論の二・無形の黴「四年の年期長きに似たるも烏兎の走過する算し来れば左まで悠邈なるにも非ず」
*蘇拯-世迷詩「烏兎日夜行、与人運枯栄」(4)柔道競技の急所の一つ。眉間(みけん)と俗称する両眼の中間点。【発音】〈標ア〉[ウ]【辞書】文明・伊京・明応・天正・黒本・日葡
【表記】【烏兎】文明・伊京・明応・天正・黒本三省堂『大辞林』

つき[2]【月】[分類]季語(秋)、天文(秋)
①地球をめぐる衛星。太陽の光を受けて地上の夜を照らす。自転と公転の周期は等しく,常に同じ面を地球に向けて,27.3 日で地球を一周する。太陽・地球との相対的な位置関係によって満ち欠けの現象を生じ,その平均周期を朔望月(さくぼうげつ)といい,29.530589 日である。半径は1738 キロメートルで,地球の約四分の1。質量は地球の0.0123 倍。表面重力は地球の約6分の1。地球からの平均距離三八万4400 キロメートル。一九六九(昭和四四)年七月,人類初の踏査が行われた。古くから,太陽とともに人類に親しまれ,神話・伝説・詩歌の素材となっている。特に詩歌では秋の月を
いうことが多い。太陰。季:秋。《―天心貧しき町を通りけり/蕪村》
②天体の衛星。「木星のー」
③暦の上での一か月。時間の単位。太陽暦では太陽年を十二分し,2月を除いて一か月の日数は三〇日か31 日である。太陰太陽暦いわゆ
る旧暦では大の月を三〇日,小の月を29 日とし,1 年は一二か月か一三か月であった。
④月の光。月影。「―がさしこむ」
⑤一か月。「―に一回集金に来る」
⑥機の熟する期間。特に,妊娠一〇か月目の産み月のこと。「―が満ちて生まれる」
⑦家紋の一。① のさまざまな形を図案化したもの。
⑧月経。月のもの。「汝が着せる襲(おすい)の裾に―立ちにけり/記(中)」
[類語]つき【月】、つき