萩原 義雄 識

 
書きおくも文字こそ見えねわらひ草点して蓑のらはかたみとなれ

この七月の時節に、風情ある家の門辺りに植えられた「木賊」のすんと直立して立ち連なる若翠色に目を寄せている。この植物だが、

平安時代の源順編『倭名類聚抄』には、

木賊弁色立成云木賊〈度久佐〉〔巻五、〕

として、万葉仮名表記「度久佐」をかなに置き換えて云えば「とくさ」と云う和名(ワメイ)やまとなにして、歯朶(シダ)類の植物名として、次の『色葉字類抄』や『類聚名義抄』にも継承されてきている。

この内容を江戸時代末の狩谷棭齋は、『倭名類聚抄箋註』のなかで、A『嘉祐本草』、B『本草圖経』、C李時珍『本草綱目』と云った中国漢籍を引用し、

木賊《前略》度久佐、○木賊出二嘉A②祐本草一云、木賊[イ]尺許、叢生、毎根一□無二花葉一、寸[ロ]々有レ節色青、凌[ハ]レ冬不レ凋、圖B④經云、獨莖苗如二箭笥一、李C⑥時珍曰、此草有レ節而□澀、治二木骨一者、用レ之磋擦、則光淨、猶レ云二木之賊一也、」按度久佐、礪草也、〔曙出版下冊五三八頁〕

[註解]「とくさ」は、A『嘉祐本草』に見える。苗は普通よりは長く、真っ直ぐ、毎に根は一□で花や葉は見えない。一寸ごとに節(ふし)があり、色は青色で冬になっても枯れ凋むことはない。B『本草圖經』には、一本ずつ茎苗は、箭笥のように見える。C李時珍『本草綱目』には、この草には節(ふし)があり、「糙渋」にして木骨を磋擦するに之を用いる。こうすることでつやつやとして淨らさが増し、「木の賊」として借字する。


として、①「和名」、A②典拠書名、③特徴(形態・色状・作用)の説明文、B④典拠書名、⑤特徴(形状)、C⑥典拠名、⑦特徴(形状・用途)⑧別字を順に排列して記載する。

今で云う国語辞書での説明を和製の漢文体で、元は白文記載であったのに、返り点を付け日本語に訓読できるようにしたもので示している。
室町時代の『頓要集』卷第卅二「細工部」に当該語の「木賊(トクサ)」を所載するのも、右の『和名抄』の卷五調度部細工具に置かれていることからの影響下にあると云って良い。

実際、『日国』第二版の意義説明には、「全体に珪酸(けいさん)塩を多量に含み、著しく硬くざらつくので、木地、骨、爪などをみがくのに用いる」としていて、木地を磨くほか、「骨」や「爪」などを砥すのに用いてきたとある。

今ではすっかり、観賞用の植物として特化してしまっていることに氣づかされる。これまた妙趣、家の門壁に引き立つ姿形は佳し、ふっと側に引き寄せられ、指先で触れてみると、縦状にざらざら感があって心地よい。蒸し暑さを暫し忘れさせてくれたりする。

清少納言『枕冊子』前田本第四七段「草は」に、

とくさといふ物の、風に吹かれたらむこそ思ひやられてをかしけれ
 
□「─といふもの」「─とかいふもの」と語表現は当代女流の筆法とし、朧化・婉曲を以て示す。
□三巻本(日本古典文学全集)は、この記載を見ない。能因本第六七段・前田本に見える。

として、清少納言は孰れの場所で観ていたのだろうかとふと思う。というのも、「人家庭際にも多く栽ゆ」と云うことから、蝦夷語で「セピセピ」という。小野蘭山著『本草綱目啓蒙』卷の十一草之四濕草類上(東洋文庫一・一四八頁)に和解してそのことが見えていたりする。当に謎だらけともなっているから不思議な植物となっている。

昨日は朝から晩まで雨が時には強く降り続いた。公共交通の電車に遅延は付きもののときでもあり、生憎、人身事故が発生して路線を代えて聊か遠回りして帰途に着くことにもなった。イタリアの人は、こうした動きの渦中に身を置いた人たちは、此れを「希望の旅」と呼称するそうだ。一寸した心の和みを求めて暮らしを豊かにしていきたい。

《画像資料》

《補助資料》
小学館『日本国語大辞典』第二版
と-くさ【木賊・砥草】【一】〔名〕(1)
シダ類トクサ科の常緑多年草。北海道、本州中部以北の渓流沿いの林下などに生え、また観賞用に庭園などで栽培される。地中を横に走る根茎から高さ五〇~一〇〇センチメートルの多数の地上茎を叢生する。地上茎は深緑色を帯び中空で径五ミリメートル内外になる。節間は二〇本程の稜と溝が交互して走る。葉は集まって長さ一センチメートル内外の鞘(さや)となり、しばしば黒みを帯びる。胞子嚢穂は長さ一センチメートルほどの楕円体で茎の先端に単生する。全体に珪酸(けいさん)塩を多量に含み、著しく硬くざらつくので、木地、骨、爪などをみがくのに用いる。和名、砥草は砥(と)の役をする草の意。あおとくさ。漢名、木賊。学名はEquisetumhyemale《季・秋》*令義解〔七一八(養老二)〕賦役・調絹絁条「黄蘗七斤。黒葛六斤。木賊六両。胡麻油七夕。麻子油七夕。荏油一合。曼椒油一合」*十巻本和名類聚抄〔九三四(承平四)頃〕五「木賊弁色立成云木賊〈度久佐〉」*能因本枕草子〔一〇C終〕六七・草は「とくさといふ物は風に吹かれたらんおとこそ、いかならんと思ひやられてをかしけれ」*平家物語〔一三C前〕一・殿上闇討「播磨よねはとくさか、むくの葉か、人のきらをみがくはとぞはやされける」*日本植物名彙〔一八八四(明治一七)〕〈松村任三〉「トクサ木賊」(2)「とくさいろ(木賊色)」の略。*宇治拾遺物語〔一二二一(承久三)頃〕一四・七「刑部録といふ庁官、びんひげに白髪まじりたるが、とくさの狩衣に青袴きたるが」*増鏡〔一三六八(正平二三/応安元)~七六頃〕一一・さしぐし「飯沼の判官、とくさの狩衣、青毛の馬に、きかなものの鞍置きて」【二】〔一〕謡曲。四番目物。観世・宝生・金剛・喜多流。作者不詳。都の僧が別れた父に会いたいという松若を連れて松若の故郷信濃国園原を訪れ、木賊を刈っている老人に宿を借りる。老人はかどわかされた子への悲しみを語り、形見の衣装をまとって子が好んだ小歌や曲舞(くせまい)をうたう。都の僧はこれが松若の父と気がついて、父子を再会させる。男物狂物(おとこものぐるいもの)の一つ。二〕狂言。〔「天正狂言本」所収。善光寺から帰った太郎冠者が主人に旅先での話を聞かれ、園原を通る人が木賊ですり消えたというでたらめの話をする。【発音】〈なまり〉トーグサ〔豊後〕〈標ア〉[サ]〈ア史〉平安○○○江戸●●○〈京ア〉(ク)/[ト]【辞書】和名・色葉・名義・下学・文明・伊京・明応・天正・饅頭・黒本・易林・日葡・書言・ヘボン・言海【表記】【木賊】和名・色葉・名義・下学・伊京・明応・天正・饅頭・黒本・易林・書言・ヘボン・言海【砥草】下学・文明・黒本・書言【図版】木賊【一】(1)