萩原 義雄 識

暦をめくる。弥生三月、桃之花節季、桃は実となり、来る七月七日へと転じていく。古来中国の伝説二つ、西王母の不老長寿を象徴する『漢武内傳』と陶淵明『桃花源記』の「桃源境」だ。日本では平安時代以降、文人に受容され三月三日の節日と深く結びついて今に至る。この桃は神話『古事記』神代上巻にも登場し、伊弉諾が黄泉の国脱出するのに呪力ある不可欠なものとして描かれている。他に、楊梅。李。杏。枇杷、そして櫻と一斉に花が咲く。これを「百花繚乱」と表現してきた。遠きイタリア国では三月八日「女性の日」を象徴するミモザの黄色い花が時を彩る。

私語とで恐縮であるが、江戸時代の初期頃活躍した人物像に紀州和歌山の学僧惠空がいる。惠空が如何なる人物かと云うことはさておき、この三月に国研プロジェクトである日本語通時コーパスのポスター発表(古辞書コーパス)に向け、目下、資料整理していて、この惠空が一語「求食」の語注記に、「(本阿弥)光悦が曰ふ。鳥、食を求むる、之を求食(あざる)と謂ふ」としていて、当代の芸術家(日本のレオナルド・ダ・ヴィンチ)本阿弥光悦(ほんあみこうえつ)の名が刻まれている。光悦の日本の美、芸術活動は今も人々の目をそそって止まない。彼が自然をモチーフに草花や野鳥を聢と観察し、人の暮らしに「もの」(『鶴下絵三十六歌仙和歌巻』『船橋蒔絵硯箱』『薄に月図』など)としてどっかと存在させ、心の思いを和歌として紡ぎ出す。書家としての筆にも樂焼き茶盌「加賀光悦」「不二山」「雨雲」の箱書きにその名を留めてきた。軈て芸術集合体を時の権力者徳川家康から京の西北の地を拝領して構え、今で云うアート・デレクターの力量を見せている。この光悦が「求食」の語と繋がるとは、神妙、竒妙。四十代の『平家納経』修復に関与したことがこのことばとの結びつきとなったのか、未だ定かではないがこのことを調べる愉しみの時間が今の吾人には存在する。

三月に先立ち、大学入り口の河津桜が綻びだしている。記念講堂の横には白梅がこれも小鞠のように香しき匂いと人を和ます。その片側では新図書館の基礎固めが今も続き、本館には駒澤大学箱根駅伝優勝の垂れ幕を背景に正門方向から写真撮影する一般の方々の微笑ましい姿風景をまだまだ寒風と暖風とを交互に感じつつも目にする。寒風には温かい甘酒、暖風には冷たい甘酒が振る舞える場所が近くにあるといいなぁと熟々思う時でもある。

ミモザ

白樺

河津桜

 
《補助資料》
イタリア「女性の日」=ミモザの日
https://www.adomani-italia.com/blog/culture/festa-della-donna-in-italia/
 
惠空編『節用集大全』に、
〔六九九頁3・4〕

とあって、標記語①「求食」②「嗉」③「回嶋」とし、①の語注記を「(本阿弥)光悦が曰ふ。鳥、食を求むる、之を求食と謂ふ」、③に「連歌に言ふ所なり」と記載する。ここで、惠空本は新たに標記語「嗉」を初めて追補する。但し、その典拠資料名は未記載とする。また、「回島」から「回嶋」へと表記置換えがなされている。
※本阿弥光悦(ほんあみこうえつ)が「求食」の語を解説する資料とは?未詳。

レオナルド・ダヴィンチ Leonardo di ser Piero da Vinci
「Leonardo」は、「強き獅子」の意。『奇跡のリンゴ』作者である木村秋則さんは、「森・土・海は食のゆりかご命のゆりかご」の講演で「限りなき挑戦する」という意があると話しています。
https://casie.jp/media/leonardodavinci/