萩原 義雄 識

「一葉」という語は、俳諧季語であれば、どなたも秋の桐の葉が一葉はらりと落ちることからして秋の季語と見定めて行くものと推察する。この七月の時節に、「一葉」と申すと、誰もがそれを懐疑するようだ。今年の梅雨時分は、雨の降り方そのものが極地化し、関東南部に位置する東京はといえば、曇り空は多けれど長雨・大雨とは無縁となっている。むしろ、厚い雲の切れ間から夏の太陽が時折顔を出し、洗濯物と古き和本虫干しには打って付けな時となっている。
今のサイズでいうとA5くらいの和本で、題箋に『俳諧小鏡註解』正風直傳と書かれた江戸時代の写本全壱冊を手にしている。巻末には「一年中雲上ノ沙汰不知シテ推量ニ句作ル分ラス、悉ク神秘口訣有事也」として、十二箇月に仕立て、各々月毎の語彙を記載し、肝要な語については註解を施す。ここ七月(夷則・文月・冷月)の条に、

一葉 至宝抄ニ日何レノ木ニテモ一葉落ル斗リハ初秋ナリ。柳ニヨル詞ナリ。詩ニ作レルハ桐の事也。連俳トモニ桐ノコト也

と記載する。最初の文言では紹巴『至宝抄』を引用し、「初秋」に用いるとしているものの、七月に置くは樹木を「柳」として「柳一葉」とする。更に、「桐一葉」は漢詩の語として、連歌俳諧にても「桐」のことと註解する。ここで、謡曲、観阿弥作『自然居士』に、

寒き嵐に散る柳の一葉{ひとは}水に浮かみしに

とあって、「散る柳の一葉」で、謡曲では初秋の句となろうか。『俳諧小鏡註解』はこのあとに、「七夕」の語が続く。だが、この「一葉」を水に浮かべる「舩」や「舟」に譬えて「一葉万里」と詩文に用いてきた。また、和語読みすると「ひとは」で一葉の植物名「石韋」に此の名を用いている。「石韋」とは、貝原益軒著『大和本草』卷第八に、

石葦{ひとつは}(=韋ノ誤)石の側及陰癖(=辟ノ誤)の地に生す。好事の者庭にうへて石に伴はしむ

として記載する。古辞書資料では、易林本『節用集』に、

石葦 ヒトツハ、セキイ〔慶長二年板世部草木門〕(「葦」字=「韋」ノ誤字)

と記載する。この「石韋」をこの頃から「ひとつば【一葉】」と呼称するようで、それまでは、字音「セキイ」、平安時代の源順編『倭名類聚抄』では、

石韋 陶隠居本草注云石韋[和名以波乃加波一云以波久美]其葉如皮故以名之生瓦屋上謂之瓦韋〔巻二十草木部第32草類第二百四十二8丁裏1行目8274番〕

として、万葉仮名表記をかなに置き換えて云えば「いはのかはいはくみ」と云う和名の苔類の植物名として次の『類聚名義抄』にも継承されている。江戸の国学者狩谷棭齋は、『倭名類聚抄箋註』で『本草圖経』を引用し、

石韋《前略》圖經云、葉如柳、背有毛而斑點、時珍曰、其葉長者近尺、寸餘、柔靱如皮、背有黄毛、亦有金星者、名金星草、凌冬不凋、又一種如杏葉者、亦生石上、《以下略》

と示す。此れなれば、当に夏の季語「一葉」となる。別名「シンラン」「のきしのぶ」などと呼称する類で、慥に柳の葉に類字する。「イチヨウ」と「ひとつば」と漢語・和語の読み方一つで季語が初秋から夏に代わるからこれまた妙趣、庭の片隅に置くも佳し、軒に吊すも佳し。涼感を運ぶことになろう。
 

 

《画像資料》

『日本大百科全書』図絵参照
※シンラン
※ノキシノブ

『俳諧小鏡註解』正風直傳〔架蔵の写本〕
△一葉

 

『至宝抄』
○一葉、いづれの木も葉の落るは初秋に候。梧桐一葉落知天下秋と作り候間、梧桐の事なりと申慣候。
謡曲百番『自然居士』の「柳の一葉」

 

《補助資料》
小学館『日本国語大辞典』第二版
いちよう[‥エフ]【一葉】〔名〕(1)一枚の葉。また、葉の一枚。ひとは。特に連歌では柳、桐の葉を、俳諧では桐の葉をいう。《季・秋》*十住心論〔八三〇(天長七)頃〕一「是則盧舎那所居千葉蓮華一葉也」*菅家文草〔九〇〇(昌泰三)頃〕四・一葉落「歳漸三分尽、秋先一葉知」*本朝無題詩〔一一六二(応保二)~六四頃〕五・秋夜閑談〈藤原季綱〉「孤薫入戸、一葉落飃簾」*太平記〔一四C後〕一八・比叡山開闢事「此の波忽ちに一葉(ヨウ)の葦の海中に浮べるにぞ留りにける」*文明本節用集〔室町中〕「一葉イチヨフ」*俳諧・犬子集〔一六三三(寛永一〇)〕四・一葉「一葉といへどもちるは不同哉〈慶友〉」*列子‐説符「使天地之生物、三年而成一葉、則物之有葉者寡矣」(2)(形状が似ているところから)舟一そう。また、一そうの舟。*和漢朗詠集〔一〇一八(寛仁二)頃〕下・餞別「九枝の灯尽きて唯暁を期す、一葉の舟飛んで秋を待たず〈菅原庶幾〉」*高野山文書‐延応元年〔一二三九(延応元)〕六月五日・高野山制条(大日本古文書二・六八五)「是以高祖大師、遙飛一葉於異域、忝弘四曼於本朝」*平家物語〔一三C前〕一〇・維盛入水「一葉の船に棹さして万里の滄海にうかび給ふ」*雍陶峡中行「両崖開尽水回環、一葉纔通石罅間」(3)(紙の枚数を数えるときの)一枚。*仮名草子・薄雪物語〔一六三二〕下「言葉に及ばぬ山の端まで、一ようのうちにぞ書きつらねける」*書言字考節用集〔一七一七(享保二)〕一〇「一葉イチエフ一張、一枚、並同。紙」*当世書生気質〔一八八五(明治一八)~八六〕〈坪内逍遙〉一二「汗牛堂の翻訳がネ、一葉(エフ)十行二十字で以て、トヱンチイ、フ〓イブ(二十五銭)といふ約束さ」【発音】イチヨー〈標ア〉[0][チ]〈京ア〉[0]【辞書】文明・天正・日葡・書言・言海【表記】【一葉】文明・天正・書言・言海
せきい[‥ヰ]【石韋】〔名〕植物「ひとつば(一葉)」の漢名。《季・夏》*薬品手引草〔一七七八(安永七)〕「石韋(セキイ)からひとつは和薬」【辞書】易林・書言【表記】【石葦】易林・書言