萩原 義雄 識

「マスク」、家電の「冷蔵庫」は、本来の季語の役割を果たせているのだろうかと話題になりそうな昨今の世情となってきている。「マスク」は、当にこれまで国語辞書を繙くまでもないが冬の季語、「冷蔵庫」は夏の季語と決まっていた。だが、真夏に向かって第七波とも云うコロナの猛威はなんと、うなぎ登りに感染が再び拡大化しつつある。
厚生労働省の取り組みも保健所や病院での感染者や濃厚接触者の対応も不慣れから手際よく行われてきたかのように見えたが、新たな感染リスクが増してきている。このため、六〇歳以上のワクチン接種も五ヶ月置いての四回目の接種へと移行しつつある。慥に、接種した数ヶ月は抗体免疫も増すのだが、多くの若者は接種すら受けていないのが現況なのだろうか。三〇度を超える夏の暑さとマスクをするとは秤りに掛けても、多くの外す人々も増えている昨今だが、このままでいけば、「マスク」は冬どころか一年中、人前では予防手段として付け続け、俳句の季語からも例外扱いになるやもしれない。
こんなとき、八月七日の夜空を彩る「あまのがわ【天河】」のことを思い出した。紀貫之の『圡左日記』一月八日の条に、
 
てる月のながるゝをみればあまのがは
いづるみなとはうみにざりけるとや
この歌は、勅撰和歌集『後撰和歌集』一九にも、
土左より任はてゝのぼり侍りけるに、舟のうちにて月をみてつらゆき
てる月のながるゝを見ればあまの河
いづるみなとは海にぞ有ける

と採られている和歌なのだが、「天河」の光景を斯くも貫之は冬の夜空に詠んだのだ。地球から邈か何万光年も離れた銀河系が彩る姿を肉眼で捉え、夏と冬とでは真逆に見える世界を斯くも見事に貫之は詠んでいる。この光景を現代に眺めやらんと四度目の夏を迎えた己れがいる。
ひとは地球という太陽系の星に多くの生き物と共生しながら、生き続けてきた。その多くの生き物ですら、環境汚染に巻き込まれて絶滅の危機に遭遇している。このなかで、日本人が古えの昔より「迦微(かみ)」=尋常(ただならず)すぐれた徳を有するものに畏怖し祀った「御霊」にも「貴きもあり賤しきもあり、強きものあり弱きものあり、善きもあり悪きもあり」〔宣長『古事記傳』所
収〕だが、やはり、ひとり一人の心と行の持ち方そのものが肝要なのであり、今こそ、生きることの意味を大切にしたい。心も身も元氣いっぱいにこの夏を過ごそう。
 
《補助資料》
小学館『日本国語大辞典』第二版
マスク〔名〕({英}mask)(1)面。仮面。*青年〔一九一〇(明治四三)~一一〕〈森鴎外〉一五「青み掛かって白い、希臘風に正しいとでも云ひたいやうな奥さんの顔は、殆どmasque (マスク)である。仮面である」*蟹工船〔一九二九(昭和四)〕〈小林多喜二〉三「漁夫の顔の表情はマスクのやうに化石して、動かない」*見知らぬ家路〔一九七〇(昭和四五)〕〈黒井千次〉「眼鏡が湯気にくもって、仮面舞踏会のマスクをかけたように見える」(2)病菌の侵入・放出やほこりなどを防ぐために鼻・口をおおうガーゼ製の衛生具。《季・冬》*東京灰燼記〔一九二三(大正一二)〕〈大曲駒村〉一三「死体の腐爛した臭ひが鼻をついて、マスクでもしなければとても歩けぬ」*東倶知安行〔一九三〇(昭和五)〕〈小林多喜二〉六「烏とんびのやうに黒いマスクを口にあてた候補者」*虚子俳句集〔一九三五(昭和一〇)〕〈高浜虚子〉昭和八年一二月「マスクして揺れて居るなり汽車の客」(3)野球の捕手・球審や、フェンシングの選手などが顔面につける防具。*新式ベースボール術〔一八九八(明治三一)〕〈高橋雄次郎〉二・御面「御面(おめん)は試合する時に取者(とりて)と云役をする人が被るもので、原語では『マスク』と云ひ」*日本野球史〔一九二九(昭和四)〕〈国民新聞社運動部〉最初のユニフォームとマスク「君達は随分乱暴だ。マスクなしで球が眼に当ったらどうする」(4)毒ガスなどから呼吸器を守るために顔面につける用具。ガスマスク。*今年竹〔一九一九(大正八)~二七〕〈里見弴〉二夫婦・六「よろしく毒瓦斯よけの面(マスク)を被るべしだね」(5)石膏(せっこう)などで作る死者の顔面像。デスマスク。*カーライル博物館〔一九〇五(明治三八)〕〈夏目漱石〉「彼が往生した時に取ったといふ漆喰製の面型(マスク)」(6)顔。容貌。*帰郷〔一九四八(昭和二三)〕〈大仏次郎〉群動「小心な性質が、年齢とともに防禦的に、このマスクを作り上げてしまったのである」*いろは交友録〔一九五三(昭和二八)〕〈徳川夢声〉お「もう一ツ重大なる動機は、即ち
彼のマスクである、顔である」*笹まくら〔一九六六(昭和四一)〕〈丸谷才一〉四「ちょっと渋いマスクのタレントが登場する」(7)映画、写真などで、印画紙の周辺や不要な部分を覆う、遮光のための枠や覆い。
【発音】〈なまり〉マクス〔東京〕〈標ア〉[マ]〈京ア〉[マ]れいぞうーこ[レイザウ・・]【冷蔵庫】〔名〕食品などを冷却したり、腐敗を防いだりするために低温で貯蔵する箱、または、部屋。断熱材によって外気温と絶縁し、電気・ガスを用いた冷却装置や氷・ドライアイスなどにより内部を低温にする。《季・夏》*風俗画報ー二七五号〔一九〇三(明治三六)〕緒言「出品部類と類別陳列の方法を釐革し。更に〈略〉温室、冷蔵庫を創開し」*欧米印象記〔一九一〇(明治四三)〕〈中村春雨〉太平洋航海別信・二「西瓜を冷蔵庫(レイザウコ)中より取出し」【発音】レィゾーコ〈標ア〉[ゾ]〈京ア〉[ー]
紀貫之『土左日記』一月八日の条〔古典保存會影印資料抜粋〕


 
本居宣長『古事記傳』〔寛政十年刊〕国文研、(カ4-6-4 〜48)、刊、前川六左衛門(まえかわろくざえもん)〈江戸〉、松村九兵衛(まつむらくへえ)〈大坂〉、今井喜兵衛(いまいきへえ)〈京〉、長谷川孫助(はせがわまごすけ)〈尾張〉、片野東四郎(かたのとうしろう)〈尾張〉文政五、四十五冊、大、国文研蔵、画像あり https://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/200001755/viewer/1