
新たな年を迎えるべく最も大きな節目となる正月、干支でいう丙午(ひのえうま)にあたる。うまの古語は「むま」と表記し、漢字で「馬」、類語に「駒(こま)」とし万葉仮名表記して「古麻」〔『万葉集』所収〕とあり、北海道岩見沢短大(廃校)国文科の雑誌論集に此の「古麻」が用いられ年号として制作されていたことを思い出す。そして「正月」を「元節」として⑴「容備料米」⑵「餅」十枚。⑶「干飯」八舛。⑷「食+匀」三枚。⑸「酒」一舛。⑹「芋子」一舛(代米五合)。⑺「大豆一舛。⑻「和布」一帖(直一舛)。⑼「雜菜」(三盛)。⑽「信布半端」。⑾「餺飥」一舛(代五合)。⑿「大根」一把(代一舛)⒀「干食」一石八斗〔政所〕、一石三斗。と云った十三種の食材が先ずは用意され、更には月々毎の食材が此の時点で記録されている。「年中節會支度」(『寛平年中日記』所収)とし、各々の食材数量が見えている。茲で、⑷「〓〔食〕扁+〔匀〕旁」や⑽「信布半端」が未詳な食材で、あとの食材はほどほど検討がつくというか、現代のお節食材に充当が可能な食材となる。平安時代以前の「正月の節會支度」を知ると、現代の吾人達が用意する「おせち料理」の食材が実に豪勢な食材からなることに氣づく。茲には黄金色に彩られる「出汁巻き卵」乃至「伊達巻」の黄の色の食材はないようだ。⒀「干食」には魚肉や鳥獣肉が含まれているかは定かではないが、とは言え、海用食材である「魚貝類」鰹・鮪・鯛・鯉・鮒、蛸・蟹・鰕、鮑・蛤・榮螺などが含まれ、添えられていると想定できる。⑺の「大豆」も「黒豆」を用いることで、五色(黒・白・赤・青・黄)の食彩りが重箱に詰められている。此れは「歳神様」にお供えするのが原点にはあった。重箱は一之重、二の重、三ノ重、与乃重と食材の棲み分けが見事になされていて、調理仕立ても焼き物、煮物、蒸し物、酢物、干物と多用なかぎりにつくられる。今でも家々に於ける独創性溢れるお節料理がところどこりに見合う創意工夫さとして伝えられてきている。
これらと忘れてはならない「若水(わかみづ)」は、前は泉水、井戸、清流川などから家主乃至嫡子が早朝にその汲む仕業を行い、汲み水を神棚・佛壇に供えて、家族の人たちが飲むことで邪氣を祓い、若返りの水と称せられてきた。現代では水道の蛇口をひねったりあげたりして水を汲むのでも、水への感謝の心持ちを大切にすればこそと言えよう。惠みの「水」を敢えて「わかみづ」という。
みなさま、二〇二六年午年のスタートのラインに立って、心持ちの佳き、歩みの運びを初めて参りましょう。
《注記》
*題名「元節」の熟語は、『日国』第二版見出語には未収載の語だが、『東大寺要録』巻第五、「年中節會支度」の一、「元節」と所載を見る。
*⑽「信布半端」:「操觚始信布衣尊觚(さかづき)を操(と)り始めて信ず布衣(ほい)の尊きを」〔「明治漢詩文集」一二三頁参照〕くらいの語しか見出せない。
《補助資料》
小学館『日本国語大辞典』第二版
こ-ま【駒】〔名〕(1)子馬。小さい馬。牡馬(おすうま)をさしていうこともある。*十巻本和名類聚抄〔九三四(承平四)頃〕七「馬駒字附四声字苑云馬〈麻之上声无万〉南方火畜也爾雅注云牝馬一名騲馬〈上音草米万〉牡馬一名䭸馬〈上音父乎末〉王仁煦曰駒〈音倶古万〉馬子也」*本朝食鑑〔一六九七(元禄一〇)〕一一「必大按、近世馬一歳称二当歳駒(コマ)一二歳三歳四歳同称レ駒。以レ歯之落二而識一之」*東雅〔一七一七(享保二)〕一八「馬〈略〉こまとは即小馬(コマ)也。爾雅注にも駒は小馬也と見へけり」*随筆・塩尻〔一六九八(元禄一一)~一七三三(享保一八)頃〕四四「馬の一歳なるを□(しわく=音還)といひ二歳なるを駒(コマ)とこそいふ」(2)(転じて)馬の総称。*日本書紀〔七二〇(養老四)〕推古二〇年正月辛巳・歌謡「真蘇我よ蘇我の子らは馬ならば日向の古摩(コマ)太刀ならば呉(くれ)の真鋤(まさひ)」*万葉集〔八C後〕一四・三四四一「ま遠くの雲居に見ゆる妹が家(へ)にいつか到らむ歩め吾(あ)が古麻(コマ)〈東歌〉」*古今和歌集〔九〇五(延喜五)~九一四(延喜一四)〕春下・一一一「こまなめていざ見に行かむ故郷は雪とのみこそ花は散るらめ〈よみ人しらず〉」*源氏物語〔一〇〇一(長保三)~一四頃〕紅葉賀「君し来(こ)ばたなれのこまに刈り飼はむさかりすぎたる下葉なりとも」(3)弦楽器の弦と胴の間にはさんで弦を持ち上げ、弦が妨害を受けずに振動できるようにするもの。*日葡辞書〔一六〇三(慶長八)~〇四〕「Coma(コマ)〈訳〉日本の琴やビオラの弦を張るのにその弦の下に立てる支え」*俳諧・鷹筑波集〔一六三八(寛永一五)〕一「さしづのごとく瓜(ふり)をひくなり三味線の駒(コマ)のわたりに普請して〈一葉子〉」*俳諧・崑山集〔一六五一(慶安四)〕九・秋「こよひひけこきうの駒も膝月毛〈良直〉」*仮名草子・都風俗鑑〔一六八一(天和元)〕二「額髪は三味線のこまのなり、又は軍法の城どりを見るやうにおし立たり」*雑俳・末摘花〔一七七六(安永五)~一八〇一(享和元)〕三「三みせんの駒がゆるむところぶなり」(4)物の間にはさみ入れる小形の木片。「こまをかう」(5)将棋で、盤上に並べ、それを動かして勝負を争う五角形の小さな木片。王将(玉将)、飛車、角行、金将、銀将、桂馬、香車、歩兵の区別があり、それぞれ異なった動き方をする。*日葡辞書〔一六〇三(慶長八)~〇四〕「Coma(コマ)〈訳〉将棋の駒」*雑俳・柳多留-九〔一七七四(安永三)〕「助言ならいやよと内義駒を出し」*小説神髄〔一八八五(明治一八)~八六〕〈坪内逍遙〉上・小説の主眼「人間の心をもて象棋の棊子(コマ)と見做すときには」(6)((5)から転じて)自分が自由に動かせる人やもの。「こまが揃う」(7)双六で、盤上を運行させる象牙、水牛角などでつくった円形の小片。(8)「こまふだ(駒札)」に同じ。*博奕仕方風聞書〔一八三九(天保一〇)頃か〕「取遣り捗取不レ申候に付こまと名付、碁石等にていたし候得ば、黒白にて銭の高下を定め譬は白石一つにて十文或は五十文と相定め」(9)刺繍糸を巻くのに使うエ字形の糸巻。(10)「こまげた(駒下駄)」の略。*雑俳・川傍柳〔一七八〇(安永九)~八三〕三「駒弐疋桜の元へぬぎ捨てる」*雑俳・柳多留-七五〔一八二二(文政五)〕「道中の駒の跡から鑓が付き」(11)紋所の名。(5)を図案化したもの。丸に駒、三つ並び駒などがある。(3)を図案化したものもある。
【語誌】(1)語源に関して、「高麗(こま)」と関連づける説は、「こま(駒)」の「こ」が甲類であるのに対し、「こま(高麗)」の「こ」は乙類であるから誤り。(2)「うま」との関係で、歌における使用例は、「万葉集」では「こま」「うま」の両方が見られるが、「うま」の方が優勢。しかし、平安時代の八代集では、人名に掛けて用いるといった特別な例外をのぞいて「うま」は用いられなくなり、「こま」が歌語として定着した。【方言】(1)子馬。《こま》静岡県田方郡054島根県鹿足郡739福岡県小倉050大分県大分郡・北海部郡941《こまこ》秋田県仙北郡130(2)雄の子馬。《こまご〔─子〕》とも。島根県725(3)雄馬。《こま》下北†051石巻†055甲州†088青森県073岩手県九戸郡088宮城県栗原郡113秋田県河辺郡130鹿角郡132山形県最上郡・飽海郡139福島県東白川郡157岩瀬郡176新潟県佐渡351西蒲原郡371富山市近在392石川県鹿島郡404鳳至郡409山梨県西山梨郡455長野県474481493岐阜県飛騨502静岡県磐田郡546愛知県三河062鳥取県西伯郡054島根県725岡山県苫田郡748広島県中部063愛媛県840848高知県861佐賀県唐津市893藤津郡895長崎県西彼杵郡054南高来郡905熊本県054936大分県938宮崎県947948鹿児島県054062969《こまうま〔─馬〕》群馬県吾妻郡012新潟県361長野県上水内郡012北安曇郡476愛知県北設楽郡長崎県対馬910熊本県天草郡大分県941《こまんま》山形県南置賜郡139福島県東白川郡157新潟県中魚沼郡062長崎県南高来郡059熊本県天草郡936《こまんぼお》長野県諏訪481(4)動物、うま(馬)。《こま》熊本県(5)蝉(せみ)の幼虫。《こま》埼玉県秩父郡251(6)男の子。《こまこ》青森県津軽075(7)米などを蒸すこしきの底に置く四つ足の台。《こま》青森県三戸郡083秋田県鹿角郡132(8)鳥、こまどり(駒鳥)。《こま》青森県007秋田県007山形県007栃木県007群馬県007埼玉県007新潟県007富山県007山梨県007長野県007静岡県007大阪府007奈良県007和歌山県007鳥取県007山口県007徳島県007香川県007愛媛県007高知県007福岡県007大分県007(9)鳥、のごま(野駒)。《こま》北海道007山形県最上郡・飽海郡007富山県007岐阜県郡上郡007大阪府007奈良県高市郡・磯城郡007鳥取県007愛媛県007大分県007【語源説】(1)「コマ(子馬・小馬)」の義〔和句解・万葉代匠記・万葉考・和訓栞・語〓・大言海〕。(2)「コトウマ(特馬)」の義〔日本語原学=林甕臣〕。(3)「カヒウマ(飼馬)」の義〔言元梯〕。(4)「コ」は黒、「マ」は馬。古くは馬といえば黒馬を連想したらしい〔万葉集短歌輪講=折口信夫〕。(5)「マ」の原義は畜類で、コマは小獣の義〔日本古語大辞典=松岡静雄〕。(6)貢馬のうちで最も優れていたコマ(高麗)渡来の馬を称していたのが一般化したもの〔宮廷儀礼の民俗学的考察=折口信夫〕。((3)について)上に弦をのせるところから〔大言海・大辞典〕。((5)(7)について)漢語で棋馬、馬子というところから〔大言海〕。【発音】〈標ア〉[0][コ](3)は[0]〈ア史〉平安~室町●●〈京ア〉(1)(2)は[コ](5)(7)は[0]【上代特殊仮名遣い】コマ(※青色は甲類に属し、赤色は乙類に属する。)【辞書】和名・色葉・名義・和玉・文明・明応・天正・饅頭・黒本・易林・日葡・書言・ヘボン・言海【表記】【駒】和名・色葉・名義・和玉・文明・明応・天正・饅頭・黒本・易林・書言・ヘボン・言海【駼・騻】和玉【棊子】書言【棊馬・柱】ヘボン
わかえ-の-みず[‥みづ]【若水】〔連語〕(若がえり水の意)北九州などで正月の若水をいう。
わか-みず[‥みづ]【若水】〔名〕昔、宮中で立春の日の早朝、主水司(もいとりのつかさ)が天皇に奉った水。また一般に、立春の早朝、あるいは、後世ではもっぱら元旦にくんで用いる水。一年中の邪気を除くとされる。《季・春》*栄花物語〔一〇二八(長元元)~九二頃〕若水「わか水して、いつしか御湯殿まゐる」*千載和歌集〔一一八七(文治三)〕賀・六一〇「君がためみたらし川をわか水にむすぶや千世のはじめなるらん〈源俊頼〉」*袖中抄〔一一八五(文治元)~八七頃〕二〇「若水とは立春日もどりづかさのおほやけに奉る水を云也。案内しらぬ人は正月元日奉るよし申す。僻事也。賀茂社などにぞ朔日奉るをわか水と申也。其は立春になずらへて申事也」*仮名草子・尤双紙〔一六三二(寛永九)〕上・三六「のぶる物の品品〈略〉わか水をくみては、老の皺(しは)を延ぶる」*俳諧・おらが春〔一八一九(文政二)〕「名代にわか水浴る烏かな」【補注】『延喜式』巻四〇・主水司に、前冬の土用に宮中または京内の井戸を一つ選んで清めて祭り、立春の日の明け方にその井戸を開いて水を汲み、天皇に奉る旨の記述がある。井戸は、一汲みした後に廃して用いないという。また、挙例の『袖中抄』巻二〇にも正月元日に奉るというのは誤りだといっている。しかし、挙例の『栄花物語』のように、章子内親王が誕生して初めての正月に若水を湯殿に用いたなど、かなり早くから誤解が生じていたらしい。【発音】〈標ア〉[カ]〈京ア〉[カ]【辞書】日葡・書言・言海【表記】【若水】書言・言海【図版】若水〈絵本世都之時〉









