萩原 義雄 識

愈々、年末まであと一月になってきた。ニュースは、「年内入試」が注目され始めている。良い場合としては、早めに来春自身が進む道が決まることにあるだろう。その反面、旨く進めなかった者にとって焦りと不安でいっぱいになってしまうだろう。高校生活最後の三ヶ月を過ごす受験生とその家族にとって、この新たな入試方法が広がることで、その時期が翌年来る年の前に進路が決定できるゆとり感を優先すればのことにあるのだろうか。

此れに付随して、受験生を迎える側の教員・職員側にも、今までとは異なる負荷が前倒しされ、学内の在学する学生のなかで卒業論文や卒業リポートの作成にも携わる在校生がいて、当に重層的に関わらることにもなろう。そこには「うらをかく」と云った企画戦略が既に動き出しているのかもしれない。社会の動向を具さに鑑みながら年末に数日を過ごすのも一興かと思いつつ、かいてみることにした。この「か・く」は漢字表記すると「掻」「懸」「掛」、馬琴の『八犬伝』で用いた「画」の字もある。

和語動詞に「か・く」〔下二段〕という語表現があって、聊か厄介な語と来ている。慶長年間にキリシタン宣教師が日本の天草で編んだ『日葡辞書』には、「うらをかく」と云った慣用句表現が載っていて、⑴「うらをかかする〈邦訳〉一方から一方へ通す」とし、もう一つ⑵「ある者にだまされる」としている。彼らは日本語の裏表をどう読んだのであろうと思う。

現行の国語辞書にも「裏をかく」として、
『日本国語大辞典』
うらをかく(1)矢、刀、槍などを、ものの裏まで突き通す。*保元物語〔一二二〇(承久二)頃か〕中・白河殿へ義朝夜討ちに寄せらるる事「余る矢が、伊藤五が射向けの袖にうらかひてぞ立ったりける」*平家物語〔一三C前〕九・木曾最期「雨のふる様(やう)にゐけれども、鎧(よろひ)よければうらかかず、あき間をゐねば手もおはず」*日葡辞書〔一六〇三(慶長八)~〇四〕「Vrauo caqu(ウラヲカク)〈訳〉矢が体の一方から一方へ通る」日葡辞書〔一六〇三(慶長八)~〇四〕「Vrauo cacasuru(ウラヲカカスル)〈訳〉一方から一方へ通す。同じく、いのししなどについて言う」*浄瑠璃・聖徳太子絵伝記〔一七一七(享保二)〕二「誰かいる共しらはの矢嶋主がまっかうに、うらをかかせてはっしと立」(2)予想外に出て相手の計略をだしぬく。裏を食わす。*日葡辞書〔一六〇三(慶長八)~〇四〕「Vrauo caqu(ウラヲカク)〈訳〉ある者にだまされる」*浮世草子・傾城色三味線〔一七〇一(元禄一四)〕京・五「心に籠しねがひ事の裏(ウラ)をかかれて」*読本・南総里見八犬伝〔一八一四(文化一一)~四二〕九・九三回「曩(さき)に白井の狙撃(ねらひうち)は巨田(おほた)助友に裏を画(カカ)れて、我が計略行れず」*内地雑居未来之夢〔一八八六(明治一九)〕〈坪内逍遙〉三「父御の思召の裏(ウラ)をかきて、強て此家を得たればとて、我為にまた何の利かある」【辞書】言海
 
『大辞泉』
裏(うら)をか・く 1相手が予想したのとは反対のことをして相手を出し抜く。「バントと見せかけて―・き強打に転ずる」2矢・槍(やり)・刀などが鎧(よろい)などの裏まで突き通る。うらかく。
⑵での意味合いは、かくもの、かかされるものが此の世には居るという事実も忘れてはならないのだが、此も上位に「恥を」と付けると一層嶮しい表現に変わりもする。「胡座」はかかすことはないが、かくの横柄な空気に変えてしまう。だが、此も「歌を」となればどうだうか。
古えの「歌かき」であれば男女が互いに思いのたけを掛け合う姿にもなる。ことば表現には正負両端の意を内在し、善きにも悪しきにも傾かすのも人であり、人の世にあると言えよう。じっくり向きあう師走の月でありたいものだ。

いま、吾人が取り組んでいる古辞書『和名抄』のなかにも「しりかき」「むなかき」の語例がある。『名義抄』にも「綴ツヽルカヽル」があって、更に派生するところに、年の暮れを彩る「シクラメン」の花(和名:篝花(かかりはな)=かがり火のように見える花の意)がある。「か・く」としての意は手段、対象、目的といったある種のしぐさが潜んでいると言えまいか。物事は、しっかりと見通すことも然り、といえども、のびのび感も大事にしたいのが本音というものか。年の暮れの日数(ひかず)を重ねていくことにしたい。
 
《補助資料》
小学館『日本国語大辞典』第二版
い-か・く【沃懸・沃掛】〔他カ下二〕水やお湯などを注ぎかける。あびせる。*蜻蛉日記〔九七四(天延二)頃〕中・天祿元年「銚子に水をいれてもてきて、右の方の膝にいかくと見る」*源氏物語〔一〇〇一(長保三)~一四頃〕真木柱「火取を取り寄せて、殿のうしろに寄りて、さといかけ給ふほど」*名語記〔一二七五(建治元)〕二「湯水をいかくともいひ、いすつなどいへる、い如何。いは、沃の字歟」*御伽草子・精進魚類物語(類従所収)〔室町末〕「御前なる瓶に酒の残りの有けるをとりて、㗛太郎が面にいかけたり」【語源説】(1)「イ」はそそぐの意「イル(沃)」〔俗語考・塩尻拾遺〕。(2)「イ」は発語。「カケル」こと〔和訓栞〕。【辞書】言海【表記】【沃懸】言海
おもい-か・く[おもひ‥]【思掛・思懸】〔他カ下二〕(1)ある事を心にとめる。気にかける。また、前もってこうなるだろうと考える。予想する。*古今和歌集〔九〇五(延喜五)~九一四(延喜一四)〕冬・三三一「冬ごもり思かけぬをこのまより花とみるまで雪ぞふりける〈紀貫之〉」*枕草子〔一〇C終〕一七七・六位の蔵人などは「六位の蔵人などは、思ひかくべきことにもあらず」*源氏物語〔一〇〇一(長保三)~一四頃〕浮舟「かくのみ言ふこそ、心憂けれ。『さもありぬべき事』と思ひかけばこそあらめ」*大鏡〔一二C前〕六・道長下「『二人長命』と申ししかど、いとか許(ばかり)まで候べしとはおもひかけ候べきことか」*徒然草〔一三三一(元弘一/元徳三)頃〕一三七「若きにもよらず、強きにもよらず、思ひかけぬは死期(しご)なり」(2)恋しく思う。懸想(けそう)する。慕う。*伊勢物語〔一〇C前〕八九「昔、いやしからぬをとこ、我よりはまさりたる人を思かけて、年へける」*宇津保物語〔九七〇(天禄元)~九九九(長保元)頃〕藤原の君「思かくまじき人にもの聞えなどして、このあて宮の名高くて聞え給ふを」*源氏物語〔一〇〇一(長保三)~一四頃〕帚木「きち上天女をおもひかけむとすれば、法気(ほうけ)づき、くすしからむこそ、又わびしかりぬべけれ」【辞書】日葡
おり-か・く[をり‥]【折掛・折懸】【一】〔自カ下二〕波などが、折り返しては寄せてくる。何度も繰り返す。*堀河百首〔一一〇五(長治二)~〇六頃〕春「風吹けば浪をりかけてかへりけり岸には植ゑじ山吹の花〈源俊頼〉」*延慶本平家物語〔一三〇九(延慶二)~一〇〕五本・兵衛佐軍兵等「重国が随兵おしかこみてひまを諍ひ、つめ寄せて、をりかけをりかけ戦ふ」【二】〔他カ下二〕(1)折って物に掛ける。折り曲げて、それを何かに掛ける。*梁塵秘抄〔一一七九(治承三)頃〕二・二句神歌「賤(しづ)の男(を)が篠をりかけて干す衣、いかに干せばか乾(ひ)ざらん乾ざらむ七日乾ざらむ」*破戒〔一九〇六(明治三九)〕〈島崎藤村〉一二・五「亀甲綛(きっかふがすり)の書生羽織に、縞の唐桟を重ね、袖だたみにして折り懸け」(2)鎧(よろい)にささった矢などを、折ってそのままにしておく。*保元物語〔一二二〇(承久二)頃か〕上・親治等生捕らるる事「射向けの袖に立ちたる矢どもおりかけ、郎等あまた手負はせ」*太平記〔一四C後〕一五・建武二年正月十六日合戦事「薄手少々負はぬ者もなく鎧の袖冑(かぶと)の吹返(ふきかへし)に、矢三筋四筋折(ヲリ)懸ぬ人も無かりけり」(3)折り取ろうとして中途でやめる。*俳諧・俳諧新選〔一七七三(安永二)〕一・春「折懸し藤やぶらりと捻(ねぢ)ながら〈嘯山〉」【辞書】日葡
おり-か・く【織掛・織懸】〔他カ下二〕布を織って、それをものにかけわたす。*古今和歌集〔九〇五(延喜五)~九一四(延喜一四)〕冬・三一四「龍田川錦をりかく神な月しぐれの雨をたてぬきにして〈よみ人しらず〉」*金葉和歌集〔一一二四(天治元)~二七〕秋・二五五「音羽山紅葉散るらし逢坂の関の小川に錦織りかく〈源俊頼〉」
くい-か・く[くひ‥]【食欠・食掻】〔他カ四〕食いついてかみちぎる。*承応版狭衣物語〔一〇六九(延久元)~七七頃か〕三・上「にがみかかる顔気色(かほけしき)、ややもせば食ひかきぬべし」*台記-保延二年〔一一三六(保延二)〕一二月九日「於〓蘇者不レ食、枝柿は少くひかく、甘栗真実食也」*洒落本・取組手鑑〔一七九三(寛政五)〕「そのほっぺたをくいかひて紙へつつんで内へもっていきてい」*滑稽本・浮世風呂〔一八〇九(文化六)~一三〕四・上「彦と取組で、彦が鼻を、岩めヱ、食掻(クヒカイ)たゼ」【発音】〈なまり〉クッカク〔千葉〕
ひき-か・く【引駆・引懸】〔他カ下二〕馬を駆け走らせる。*今昔物語集〔一一二〇(保安元)頃か〕二五・五「逸物に乗て引懸て、飛が如くにしてぞ過候ぬる」*平治物語〔一二二〇(承久二)頃か〕上・六波羅より紀州へ早馬を立てらるる事「引懸引懸うつほどに」*太平記〔一四C後〕三八・細川相模守討死事「新開道に待受て、難所に引懸て平野に開含せ、入替入替戦たり」