萩原 義雄 記

六月の緑は都会でも田舎でも人のこゝろの目を癒やしてくれる。ここに彩りが備わっているのもこの時節に雨が降るお蔭でもある。時に、雨水の仰山降りそそぐと、洪水、地盤の弛みによる土砂崩れなどの自然災害へと発展しかねないこともある。この反対に旱が続くと草木も撓垂れ、軈て枯渇するといった現象が待ち受けていることもある。この自然のなるたけ穏やかであることを願おうとした古代の人人は、畏怖と崇拝を以て此等を神として敬い、各々の神さまを大切に祀ってきたのであろう。この距離感が判らなくなっていないかという意味合いを伝えておきたい。

こうした折、「風と土の話し」を常々思い出す時節が今当に到来したと云うことだろうか……。風は旅人、土は土人、この動と静と云った全く正反対のものが一つに融け合うことになるからだ。この六月の季節感がこれを音や匂いで誘(いざな)ってくれもする。

この大学のキャンパスにも選りすぐりの教育者が名を連ねている。これを薬に喩えて云うならば、薬簞笥(すりだんす)という容れ物のなかの匣一つ一つに収められた薬草類は皆、味覚も効く能も異なっているように、多様な働きをする。生きた知の宝庫そのものと云えよう。これらが情熱と血気盛んな若者たちによってぐぐっと選り出されていくのだから、人それぞれに見合うように混ぜ合わせて用いるのに能く能く見合っていると言えよう。

ここには、先賢の伝えた書物を通して実学を学び、私たちの言語社会環境に遍く拡張していく大きな働きが存在すればこそだと念うからでもある。ときに一所に時間を費やすこともありだ。ときに他所に瞬時に移っていくもありだ。

この一点一点の所作に帰着するためにも、各々がどれだけ、こゝろから癒しの空間をこの場所に見出せるかということも、知り得て妙なことに氣づく季でもある。

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【補記】
「風と土の話し」…異なる性質のもの同士が交わると、自分が持ち合わせていない良さを学ぶこともできるし、それぞれの性質を出し合ってコラボレーションすることも生みだしていくことになります。相互にいい距離感を持ちながら、少しでも生かしあえる関係をつくることが大切なのです。

小学館『日本国語大辞典』第二版
くすり‐だんす【薬箪笥】〔名〕薬種を整理して入れるよう細かく仕切った箪笥。
*狂歌・住吉詣狂歌集〔一八三四(天保五)〕「桐の木の薬たんすをならべけり鳳凰丸をひさぐ店には」
*新聞雑誌‐一二七号・明治六年〔一八七三(明治六)〕八月「定斎売と号し炎天日中に薬箪笥を荷はせ」
【発音】〈標ア〉[ダ]