萩原 義雄 記

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「平成」を閉じ、新たかな年号も「令和」に決定し、日本国が新天皇と共に歩み出すことになる。この「平成」と「令和」の掛け渡しには、「平和」と云う意味合いが込められているように思うのは吾人ひとりではないと思う。さらに、「和」字については、『塵荊鈔』に、

三国何モ六義ヲ本トス。然バ月氏ノ梵語、大唐ニテ和ゲ、震旦ノ漢語ヲ日城ニテ歌ニ和(ヤワラ)ゲタル間、是ヲ大和(ヤマト)歌ト云ヘリ。此和ノ字ヲバ口八千ト書セリ。口ノ字ヲバヲサムルト読。文集ニ口身知家賢者幸ト云々。千ノ字ヲバカズ/\ト読テ、多分ノ義也。史記ニ堯舜ノ恵(メグミ)ノ潤(ウルヲイ)、千量(カズ/\)ト云々。八之字ハ円満ノ義也。天台ニ八者満足ト云々。然ニ和トハ数々納円満ノ心也。一切万物及仏神訖読納義也。森羅万象此内ニ納リ、一塵ヲ捨ザル也。
(繰り返し記号の「くの字点」は、/\で代用)

と「和」字を分字し、「口八千」とした。「口」字を「ヲサムル」と訓み、「八」の字は円満の義なり。「千」の字を「かずかず」と訓むとする。そして、「和」は「数々納めて円満の心なり。一切万物及び仏神訖読納の義なり。森羅万象、此の内に納り、一塵を捨ざるなり」と説いている。この説明を是と見るのなら、この「和」字の上に冠した「令」字にも、「令人」すなわち、りっぱな人の意を有す。中国書『爾雅』釋詁に「善(よき)也」とする。良き数々を納めて円満の心という意が込められているとしたら、まさに名詮自性として、未来に向かって歩み出す言が込められていると見て良いのでないかと考える。この元号の考案者とされる中西進先生は、「令」を「うるわしく」の意とし、調った美しさと説いている。このことは、日本の文化には、「内部に光源を包み持った球体のイメージがあり、外部にあるものを取り込んで新しい輝きに作り替え、それによって内部から輝く」〔中西先生〕といった独特な「もの」と「こと」の世界が存在していると見たい。

この内包された基盤の生成方法が民意として存在しているとすれば、このことばの奥底に込められた心の核が持続していくなかで育まれ、やがて大いなる輝きを見せることになろう。その始まりの一歩を一人ひとりに托されてゆき、ひろがりを見せてくれるのだと確信したい。

地球の大地に暮らし、その居場所でもある地軸を知り、その土地に何を吾人達は構築していくのか、野放図のなかであれ、目標とする知の精神と財産をしっかり見極めていくことにもなろう。

※新和暦年号を「令和」と国が打ち出し、これをマスコミを通して、國民に伝えられた。「令」字は、明朝体文字であり、これをマスコミが活字表記し、これより木版画訓がグーテンベルクの活字作業と相俟って広がりを見せてきた。この時、「令」の字を一般では用いてきている。