萩原 義雄 記

千葉県「別邸海と森」文月のお献立の先附に、「陸蓮根」とある語を見出した。中身は世に云う「蓴菜(じゆんさい)」かと思いきや、何と「オクラ」の別名であった。ところで、吾人に見誤られた今が旬の「蓴菜」だが、七月終り頃までが最盛期とされ、現代の栄養化学では「ガラクトマンナン」と呼称される成分が含まれているという。
天候は暗雲立ちこめ篠突く滝のような雨が降り出すとき、梅雨の雷が轟く。「梅雨の雷響き雨音しげくなり」の感である。やがて、蓴菜の池には蒼き夏空が広がっていく。この水菜を中国そして日本では食用にしてきた。歴史は古く。『万葉集』卷第七・一三五二番、未詳の歌に「吾情湯谷絶谷浮邊毛奥毛依勝益士」に、「ぬなわ【蓴】」の語例を記す。汚泥の沼に棲息する蓮花と異なる点は、澄んだ淡水の池のみに自生し、水面下の茎の頂部から出たヌメリを含む若葉と茎を食用としてきた。ヌメリと呼ばれるゼリー状の粘液は栄養は低いが、ビタミンBが豊富で、ままの味より、食感や歯触り、のどごしの良さを楽しむ食材であり、吸い物や三杯酢、わさび酢、わさび醤油などの酢の物に用いられる。この清らな水の味覚は、或意味で水資源と流域における環境バロメーターともなっているのだ。
今、夏休みを目前に迎え、蓴菜を育むように、吾人達自身一人ひとりにも、こゝろの池を備える時を大切にしていきたい。日本中から良い人材を集め、使い捨ての時代から、良き味を守り続けることこそ、佳き環境の地場を創り出すことに繋がっていくからだ。唯一、この環境を維持していく道のはじまりの時代が令和元年の夏でありたい。

《図絵:『万葉集品物図絵』卷上から参照》

《図絵:『万葉集品物図絵』卷上から参照》

註 陸蓮根(読み)オカレンコン
デジタル『大辞泉』の解説
おかーれんこん〔をかー〕【▽陸×蓮根】オクラの別名。

デジタル『化学辞典』第二版
ガラクトマンナン(galactomannan)D-galacto-D-mannoglycan.D-ガラクトースとD-マンノースから構成される多糖の総称.マメ科植物の種子をはじめ、クローバーやアルファアルファの実などに広く存在する。グアール(guar)やイナゴマメ(carob bean)の実のガラクトマンナンは、植物ガム製品として市販されている。いずれもβ-D-マンノピラノースが(1↓4)結合した主鎖に、分枝としてD-ガラクトースがマンノース基に(α1↓6)結合している。
参照URL http://www.unitecfoods.co.jp/product/galactomannan.html 参照
ガラクトマンナン類はマンノースとガラクトースが結合したユニットから構成される多糖類で、さまざまなマメ科植物の種子の胚乳から得られます。主鎖マンノースと側鎖ガラクトースの比率は、グァーガムでは2:1、タラガムでは3:1、ローカストビーンガムでは4:1 であり、それぞれ特性が異なります。【効果】増粘効果、保形性向上、保水効果、離水防止、乳化促進、氷結晶の生成防止、冷凍耐性の向上、でん粉の老化防止、他の増粘多糖類との相乗効果など

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小学館『日本国語大辞典』第二版
じゅんーさい【蓴菜】〔名〕〔一〕スイレン科の水生多年草。各地の古い池沼に生える。泥中の根茎から長い茎をのばし水面に葉を浮かべる。葉は楕円状楯形で長さ五~一〇センチメートル。若い茎と葉は粘り気のある寒天質に包まれている。夏、葉腋(ようえき)から花柄を出し、六花被片をもつ淡紅色の小さな花を開く。若芽は食べられる。漢名、蓴。ぬなわ。学名はBrasenia schreberi《季・夏》*経国集〔八二七(天長四)〕一四・漁歌五首〈嵯峨天皇〉「鱸魚膾蓴菜羹、飡罷酣歌帯二月行一」*色葉字類抄〔一一七七(治承元)~八一〕「蓴ヌナハ有水辺歟蓴菜ジュンサイ」*車屋本謡曲・国栖〔一五三四(天文三)頃〕「じゅんさいの羹鱸魚(あつものろぎよ)なりと、これにはいかで勝るべき」*元和本下学集〔一六一七(元和三)〕「蓴菜エクジュンサイ」*日本植物名彙〔一八八四(明治一七)〕〈松村任三〉「ジュンサイヌナワ蓴」*俳句問答〔一八九六(明治二九)〕〈正岡子規〉「蓴菜は千年近き沼にあらざれば生ぜずとの事なり」*妻木〔一九〇四(明治三七)~〇六〕〈松瀬青々〉夏「蓴菜や風は斜に水暮るる」*岑参ー送許子擢第帰江寧拝親因寄王大昌齢詩「六月槐花飛、忽思蓴菜」〔二〕(形動)蓴菜の若葉がぬるぬるしていて、はしではさみにくいところから、それにたとえて上方でいう。(1)ぬらりくらりしていること。どっちつかずであること。不得要領なこと。また、その人やさま。*浮世草子・世間旦那気質〔一七七三(安永二)」〕五・一「こなさんがた、蓴菜(ジユンサイ)とはなぜにいふへ。はておまへ追従ばかりいふて、あちらでもこちらでもぬらりぬらりといふ心じゃはいのふ」*浄瑠璃・玉藻前曦袂〔一七五一(宝暦元)〕三「順見でもじゅんさいでも、ぬらりくらりな仕方はさせぬ」*新撰大阪詞大全〔一八四一(天保一二)〕「じゅんさいとはしっかりとせん人」(2)((1)から転じて)いいかげんなこと。でたらめなこと。誠意のないこと。薄情なこと。また、そのさま。*洒落本・戯言浮世瓢箪〔一七九七(寛政九)〕五「信はまことなれば、彼(かの)蓴菜(ジユンサイ)ぬめたをはなれ、我(こつ)ちから、信でゆけば、まことで返す」*洒落本・南遊記〔一八〇〇(寛政一二)〕一「こんな薄情(ジユンサイ)な娼妓(をやま)さんがおまへさまは嬉(ゑつ)で御座りませふ」【方言】(1)植物、ひつじぐさ(未草)。《じゅんさい》和歌山県海草郡692(2)(蓴菜がぬるぬるして箸(はし)で挟みにくいところから)ぬらりくらりしていること。どっちつかずなこと。また、そのさま。その人。
《じゅんさい》大阪† 116 兵庫県加古郡664(3)いいかげんなこと。でたらめなこと。また、そのさま。それを言うさま。《じゅんさい》滋賀県彦根050 大阪市638 兵庫県明石郡665 香川県小豆島829(4)うそ。《じゅんさい》兵庫県美嚢郡669 香川県827 小豆島829(5)心の悪い人。《じゅんさい》大阪府泉北郡646(6)如才のないさま。気の置けないさま。《じゅんさい》和歌山市691(7)無邪気でかってなさま。《じゅんさい》兵庫県淡路島671(8)人の言いなりになるさま。従順。《じゅんさい》和歌山県那賀郡696 日高郡698【発音】〈なまり〉ゼンサイ〔石川〕〈標ア〉[0]〈京ア〉[0]【辞書】色葉・下学・文明・伊京・黒本・書言・ヘボン・言海【表記】【蓴菜】色葉・下学・文明・伊京・黒本・書言・ヘボン・言海【図版】蓴菜〔一〕
148_cぬーなわ[‥なは]【沼縄・蓴】〔名〕植物「じゅんさい(蓴菜)」の古名。→うきぬなわ。《季・夏》*十巻本和名類聚抄〔九三四(承平四)頃〕九「蓴蘓敬曰蓴〈視倫反奴奈波別有根々不充食〉自三四月至七八月通名絲蓴味甜躰軟霜降以後至二月名環蓴味苦躰渋者也」*順集〔九八三(永観元)頃〕「年ごとに春はくれども池におふるぬなははたえぬ物にざりける」*俳諧・鷹筑波集〔一六三八(寛永一五)〕一「ぬなわにてゆふや小池のかきつばた〈俊屋〉」*日本植物名彙〔一八八四(明治一七)〕〈松村任三〉「ジュンサイヌナワ蓴」【語源説】(1)ヌナハ(滑菜葉)の義〔古今要覧稿〕。ヌルノハ(滑之葉)の義〔大言海〕。ヌネバハ(滑粘葉)の義、またナエナユハ(萎滑葉)の義〔日本語原学=林甕臣〕。(2)ヌナハ(滑縄)の義〔東雅・日本声母伝・名言通・大言海〕。(3)ヌナハ(沼縄)の義〔日本釈名・滑稽雑談所引和訓義解・日本紀和歌略註・雅言考・和訓栞〕。(4)ヌナハ(泥縄)の義〔言元梯〕。【発音】〈ア史〉平安○○○〈標ア〉[0]【辞書】字鏡・和名・色葉・名義・易林・書言・ヘボン・言海【表記】【蓴】字鏡・和名・色葉・名義・易林・書言・言海【蒓・芚】字鏡【茆】書言【蓴菜】ヘボン
うきーぬなわ[‥ぬなは]【浮蓴】〔名〕浮いているじゅんさい。心の動揺することのたとえによく使われる。うきねなわ。*万葉集〔八C後〕七・一三五二「吾が心ゆたにたゆたに浮蓴(うきぬなは)辺にも沖にも寄りかつましじ〈作者未詳〉」*享和本新撰字鏡〔八九八(昌泰元)~九〇一(延喜元)頃〕「蘋大萍宇支奴奈波」*久安百首〔一一五三(仁平三)〕恋上「おく山の岩垣沼のうきぬなは深き恋路に何乱れけん〈藤原顕広〉」【辞書】字鏡【表記】【蘋】字鏡
しのーつ・く【篠突】〔自カ五(四)〕篠を束ねてつきおろしたように細いものが一面に続けてはげしく飛んでくる。多く、はげしく雨のふるさまにいう。篠を突く。*歌舞伎・廓曠着紅葉裲襠(子持高尾)〔一八七三(明治六)〕中幕「篠つく雨の大降りに水はき悪き此辺は、忽ち水を押し上げて」*軍歌・橘中佐〔一九〇四(明治三七)〕〈鍵谷徳三郎〉一・九「十字の砲火雨のごと〈略〉此の山上に篠つけば」*コップ酒〔一九三三(昭和八)〕〈浅見淵〉「その頃こから篠突(シノツ)く雨になったが」【発音】〈標ア〉[ツ][ク]
如此之白而、於出雲國之多藝志之小濱、造天之御舍多藝志三字以音。而、水戸神之孫、櫛八玉神、爲膳夫、獻天御饗之時、禱白而、櫛八玉神化鵜、入海底、咋出底之波邇、此二字以音。作天八十毘良迦此三字以音。而、鎌海布之柄、作燧臼、以海之柄、作燧杵而、鑽出火云、是我所燧火者、於高天原者、神產巢日御祖命之、登陀流天之新巢之凝烟訓凝姻云州須。〔上卷〕
かくまをして。乃隱也故白而隨(スナハチカクリマシキカレマヲシタマヒシマニ/\)出雲(いづも)の國(くに)の多藝志(たきし)の小濱(をばま)に。天(あめ)の御舎( みあらか)をつくりて。水戸(みなと)の神(かみ)の孫(ひこ)。
櫛八玉神(くしやたまのかみ)を膳夫(かしハで)として。天(あめ)の御饗(みあへ)たてまつるときに。禱(ねぎ)まをして。櫛八玉神鵜(くしやたまのかみう)に化(なり)て。海(わた)の底(そこ)にいりて底(そこ)の波邇(はに)を咋(くひ)いでて。天(あめ)の八十毘良迦(やそびらか)をつくりて。海布柄(ぬのから)を鎌(かり)て。燧臼(ひきりうす)につくり。海蓴(こも)の柄以(からを)燧杵(ひきりぎね)につくりて。火(ひ)を鑚(きり)いでてまをしけらく。
卷第七・1352 /未詳/吾情湯谷絶谷浮邊毛奥毛依勝益士