萩原 義雄 識

この「奥津」ということばを耳にしたことがあろうか。ちょうど、秋の収穫物が多種市場に出回って、吾人達の食卓にものぼろうとする季節を言い表すことば表現の一つなのだが、古くは『延喜式』に見えていて、その意味は字音語で「ライシュウ【来秋】」として、『日国』を見るまでもないのだが、意味は「来年の秋」を云う。これを和語化すると「くるあき」と訓み、「間もなくやって来る秋。既に気配を感じる秋」の意味となっていることに氣づかされる。こうした漢語と和語とでは、時のズレを感じる。このように冠字「来」の熟語には時を示す上で「来年」「来月」「来日」とあり、時差は「月日」であれば大差を感じないのだが「年」とか「春夏秋冬」の季節が付くとなると、この時の差が現れてくる。

こんな思いで過ごす「来る秋」なのだが、果樹のひとつ「桃三年八年」と云う「かき【柿】」について異名語「木練。木淡・熟柿・渋柿・めうたん・串柿・柿本・吊し柿・犬鼻」とあるなかで「御所柿(ごしよがき)」とその語に由来する話しを茲に書こうと思う。

『日国』用例にも見えている『慶長見聞録』卷之九に、「濃州に大なる熟柿有。大御所様御自愛浅からず。故に人褒美して御所柿といひならはす」から引用して見るに、「然れば愚老さる屋形へ伺候の折節、主人の御前へ杉の箱を五つ新敷さし、ふたを釘にて打付持出る。主人云、「上書に進上御所柿百入と書付候へ」、執筆かゝんとせしに、「まてしばし、是は御年寄衆へ進上也。上書に進上御所柿とはおそれ少なからずや、たゞしゆくしと書べきか」と家老を召して問い給ふ。家の子申して云く、「しゆくし柿と書ては常の柿と覚召さるべし。此大柿を御所柿と天下に沙汰し、進物の上書に皆遊ばし候。来るしかるまじ」と申しければ、則書付送りぬ。

〈中略〉又一人云、「いや、世上の人口を一人としてあざむかんは屈原が世、こぞって皆濁り、我ひとりすめり。衆人皆酔り、我独さめりといふに似たり。賢人がましからんか、屈原は此言葉故に流罪せられし。いま目出度く御時代にて、諸侍仁義を専らとし、文を学んで物を知り給ふといへども、知らざる躰につゝしみ有。此かきのみならず世間にいひ伝ふるそゞろこと多し。文字も一点のあやまり有て、漢和相違(の)有事を今下学集など多く記し出せり。此等の一字両様の異逆、それをそれとしりながら、古風をとがめず、今をもすてず、両字ともに皆人用ひ給へり。すべて義といふも事の字よきにしたがひ、一様に定め置くべからずと孟子に見えたり。万事は我が心に具足せり。たゞ時の宜敷きにしたがふを善とすと古老云へるなれば、あながちとがめて益なし」といふ。〈後略〉「みきとは酒の名なり、三木と書く一説有。又神酒とかけり」いわゆる御の字は天下の外には用ひがたし。

となれば、『日国』の語源誌の⑴⑵で「五所柿」とする説も捨てたものでなくなる。「御」字「お・み・ご・ぎょ」の用法は、今も引き継がれてきている。鳥取県には野田五郎助が育成した「五郎助柿」を改称した「花御所柿」と云う甘柿も一九〇九(明治四二)年に生まれている。栄養価もビタミンAはみかんに匹敵、ビタミンCはいちごに匹敵、自ずとカロリーは高い果物とされています。秋の夜長、讀書の傍ら味わうも良いのではと思う。


 
奥津(オクツ)御年
來秋を云。五穀の年中三稔するそ
年の中にも秋を専らとすることそ
來秋と云ふにをくつとしと云そ
來年と見るなそ

 
《補助資料》
小学館『日本国語大辞典』第二版
らい-しゅう[‥シウ]【来秋】〔名〕来年のあき。*東大寺文書-弘安二年〔一二七九(弘安二)〕七月一六日・慶永出挙米請文(鎌倉遺文一八・一三六三三)「件米者、来秋時には利のことをもて、さたし候也」*日葡辞書〔一六〇三(慶長八)~〇四〕「Raixu<(ライシュウ)。キタルアキ〈訳〉今度の秋。文書語」【発音】ライシュー〈標ア〉[0]〈京ア〉(0)【辞書】日葡
【親見出し】くる【来】↓くる秋(あき)間もなくやって来る秋。既に気配を感じる秋。《季・秋》*藻塩草〔一五一三(永正一〇)頃〕二・秋「初秋くる秋」*俳諧・炭俵〔一六九四(元禄七)〕下「くる秋は風ばかりでもなかりけり〈北枝〉」*春夏秋冬-秋〔一九〇二(明治三五)〕〈河東碧梧桐・高浜虚子編〉「来る秋のことわりもなく蚊帳の中〈漱石〉」
【親見出し】もも【桃】↓もも栗(くり)三年(さんねん)柿(かき)八年(はちねん)桃と栗は芽生えてから三年、柿は芽生えてから八年で実を結ぶということ。この下に「梅は酸い酸い十三年」「柚(ゆず)は九年の花盛り」「枇杷(びわ)は九年でなりかねる」「枇杷は九年で登りかねる梅は酸い酸い十三年」などの句をつけたりする。*評判記・役者評判蚰蜒〔一六七四(延宝二)〕秋田彦三郎「桃栗(モモクリ)三年柿(カキ)八年人の命は五十年夢の浮世にささのであそべ」*浮世草子・浮世親仁形気〔一七二〇(享保五)〕四・一「昔より桃栗(モモクリ)三年柿(カキ)八年と言へば」*譬喩尽〔一七八六(天明六)〕八「桃栗三年(モモクリサンネン)柹八年(ハチネン)枇杷は九年で登兼る梅は酸々十三年」【発音】〈標ア〉[0]=[チ]〈京ア〉モモクリ=サンネン=カキハチネン[0]=(0)=[ハ]
ごしょ-がき【御所柿・五所柿】〔名〕カキの一品種。甘柿で果実はやや扁平な球形で、種子はほとんどない。奈良県御所(ごせ)市の原産といわれ、古くから栽植されている。近畿地方や岐阜・山梨県に多い。大和柿。紅柿。*寒川入道筆記〔一六一三(慶長一八)頃〕愚痴文盲者口状之事「しぶがきなどをきりてつげば、御所柿にもなる」*慶長見聞集〔一六一四(慶長一九)〕九「濃洲に大なる熟柿有。大御所様御自愛浅からず。故に人褒美して御所柿といひならはす」*浮世草子・好色五人女〔一六八六〕二・五「そなたは納戸にありし菓子の品々を縁高(ふちたか)へ組付て、と申せば、手元見合、まんぢう・御所柿(コショカキ)・唐くるみ・落鳫(らくがん)」*和漢三才図会〔一七一二(正徳二)〕八七「柿(かき)〈略〉凡柿品類甚多、和州五所之産最勝、今畿内皆移種之、〈略〉俗呼名五所柿〈或名大和柿、又云木煉柿〉」【語源説】(1)大和国南葛城郡ゴセ(五所)町の原産であるから〔重訂本草綱目啓蒙・大言海〕。(2)コセ(巨勢)という土地の原産であるから〔書言字考節用集・俗語考〕。(3)徳川家康(大御所)が好んだから〔慶長見聞集〕。【発音】ゴショガキ〈標ア〉[ショ]〈京ア〉(ショ)【辞書】書言・言海【表記】【五所柹】書言【五書柹】言海