萩原 義雄 識

二年のコロナ感染防止の社会活動が続き、新たな年を迎える季節がやってきた。虎年にもオミクロンなる新種株がジワジワと迫ってきている。僅かなワクチン接種の間隙を縫って、人々が社会活動をはじめんとする矢先にだ。マスクは益々必需品となり、手洗いも大勢の人が触れる箇所の消毒は欠かせない。そして飲食の作法も隨分様変わりしつつある。飛沫防止の私語を慎む。対面による会も全くゼロにするわけにはできない。必要たる箇所に出向くにもは自己責任(モリヌピラビル《飲み藥》投与)となるのだろう。あとは一人ひとりが人流を極力避け、辛抱我慢しするしかない。

こんなときでも、せめて子どもたちには夢を持たせたいものだ。それが仮令、虚構譚のおとぎ話であっても、信じるものがいれば、きっとその夢も現実化し、望みが叶えられると皆で願いたい。お正月に欠かせない初夢、そして、寶船〔=今は「宝船」と表記する〕、農耕稲作を生活の糧としてきた日本人には、稲藁を素材にして、注連縄を作り、宝船をかたちづくって、一年の豐作で円満な日々の暮らしを祈願してきた。この意味で「たから【宝】」とは一体何なのか?ちょびっと吾人の語感を擽ってきた。

「金銀・珠玉などの貴重な品。大切な財物。宝物」といえば、『竹取物語』蓬左文庫蔵〔九C末~一〇C初〕の「金の光しつゝきたり。宝らとみへうるはし/き事双へき物なし。」が思い浮かべられ、標記字「寶」が正字で、「宝」が俗字として、此の両字が現在の神社などでは併用されている。吾人が研究し続けている文字表記のことに一寸深入りすることを許していただき、正月から脱線しつつも述べていくと、
※此の港区「宝船」の景観文字には、現代の教育漢字である「宝」字と旧漢字〔正字〕の「寶船」といった両用文字が刻まれていて、日本語漢字の歴史を知る教養の場となっている。

この「宝」字は、天正十八年版『節用集』〔堺本〕に、
珎(タカラ)寳(タカラ)宝(タカラ)財(タカラ)〔上冊多部財宝門三〇ウ2・3〕

とあり、標記字「珎・寳・宝・財」各々に和語「タカラ」を付記する。

同じく、慶長三年耶蘇会板『落葉集』〔一五九八(慶長三)年〕に、
たからつき殿おとゞつゑなづくたまものたまかふりつるぎうつはもの/ーつぼたからくるまくらゐところ〔落葉集【ほ】六オ・一五頁1・2〕
ほう〔色葉字【た】一四二頁5〕
くはあきなふ〔色葉字【た】一四二頁〕
たからもつとも〔小玉篇七十一【宇】うかむり十二オ・二〇九頁1〕
たから〔小玉篇四十八【貝】こがいへん十二オ・二〇四頁2〕

とあって、既に国字本キリシタン資料のなかで、「寶」「寳」字は、用いずに省画字の「宝」字を全面使用する斬新なまでの編纂意識を認めざるを得まい。編者の此の採用が見事に伺え、印刷文字に刻字するとき、「寶」字を用いるよりは刻み易くもあってか、活版文字に最も早く採用した字書だった。同じく単漢字「貨」字に同訓異字「たから」の和訓が用いられいるが、此方は近代文学〔明治時代〕の坪内逍遙著『小説神髄』〔一八八五(明治一八)~八六年〕上巻・小説の変遷に「たれかあまたの貨(タカラ)をすて演劇(しばゐ)を観むと望むべきや」と用いた語例を小学館『日国』第二版が引用する。同じく逍遙訳『ロミオとジュリエット』のロミオの会話中に「尋ねて見い、と眞先に促進めたも戀なれば、智慧を借したも戀、目を借したも戀、予は舵取ではないけれども、此樣な貨を得ようためなら、千里萬里の荒海の、其先の濱へでも冐險しよう。」と「貨」字を「たから」と用いている。森鷗外は『山椒大夫』のなかで「貨」字に「しろもの」と読ませている。

とは言え、此の近年流行の歌謡などでも定型した「宝船」と「七福神」も、「海のかなたへ災厄を流し去る」の他界観が逆流する現象が水際では起き、市中に渦巻く昨今、他力ならぬ自力で、ご用心!ご用心!で乕の年は動き出す。
 
《補助資料》
小学館『日本国語大辞典』第二版
たから【宝・財・貨】〔名〕(1)金銀・珠玉などの貴重な品。大切な財物。宝物。*万葉集〔八C後〕五・八〇三「銀(しろかね)も金(くがね)も玉も何せむにまされる多可良(タカラ)子にしかめやも〈山上憶良〉」*竹取物語〔九C末~一〇C初〕「宝と見えうるはしき事ならぶべき物なし」*大慈恩寺三蔵法師伝院政期点〔一〇八〇(承暦四)~一一一〇(天永元)頃〕九「遂に燕石を珎(タカラ)と為し、駑駘(とたい)を貴きに取ら使む」*山家集〔一二C後〕下「阿古屋とるいがひの殻を積みおきてたからの跡を見するなりけり」*天草本伊曾保物語〔一五九三(文禄二)〕イソポの生涯の事「シカレバコノtacaraua(タカラワ)コクヲウニササゲウズルモノヂャ」(2)かね。金銭。財貨。おたから。*竹取物語〔九C末~一〇C初〕「右大臣あべのみむらじはたからゆたかに家ひろき人にぞおはしける」*源氏物語〔一〇〇一(長保三)~一四頃〕若菜下「高き世にあらたまり、たからにあづかり、世に許さるる」*宇治拾遺物語〔一二二一(承久三)頃〕一二・一八「家貧しくしてたからなし、妻子を養ふに力なし」*咄本・多和文庫本昨日は今日の物語〔一六一四(慶長一九)~二四頃〕「日々にゆさんのみにてくらしければ、程なく親の得させたるたから共をみなうしなひ」*小説神髄〔一八八五(明治一八)~八六〕〈坪内逍遙〉上・小説の変遷「たれかあまたの貨(タカラ)をすて演劇(しばゐ)を観むと望むべきや」(3)穀物を尊んでいう語。*東大寺諷誦文平安初期点〔八三〇(天長七)頃〕「農時に農夫(つくりひと)の終日(ひねもす)に作りて一日の価(タカラ)を獲(え)」(4)大切に扱うべきもの。主君、子どもなどにいう。*大鏡〔一二C前〕二・基経「それぞいはゆるこのおきながたからの君貞信公におはします」*名語記〔一二七五(建治元)〕六「髪といふたからをうしなひつれば、うはむなの義也」【方言】(1)大切な子ども。ひぞっ子。《たから》伊勢† 035 岩手県気仙郡(巫女の言葉)100 長野県南部488492 福岡市877 佐賀県藤津郡895 長崎県壱岐島915《たからんぐゎ〔─子〕》沖縄県首里993《おたからご〔御─子〕》長崎県対馬054《おたからしょっきん》長崎県壱岐島915(2)利口なよい子。子どもを褒めるときにいう語。《たから》石川県加賀418 岐阜県大垣市「坊はおたからさんやで(いい子だから)、そんなことしてあかんね」498 本巣郡510 愛知県名古屋市「ようお辞儀ができました、何たらおたから」562 福岡県050 熊本県玉名郡058 大分県938《おたからまんちん》熊本県玉名郡(子どもをあやす語)058(3)家の厄介者。怠け者。無能者。卑しめていう語。《たから》宮城県仙台市121 神奈川県藤沢市319 岐阜県本巣郡510 長崎県対馬913 熊本県下益城郡919 大分県大分市・大分郡941(4)棺。忌み言葉。《たからどうぐ〔─道具〕》沖縄県島尻郡975【語源説】(1)「タカライヅル(田自出)」の意か〔大言海〕。(2)「チカラ(力)」の転か〔日本釈名・大言海〕。(3)「タカ」は貴高の義、「ラ」は接尾語〔皇国辞解・大言海・国語の語根とその分類=大島正健〕。(4)「タチカラ(田力)」の義か〔和訓栞〕。(5)「タカアラタマ(貴明玉)」の意〔冠辞考〕。(6)「タカハリ(田代)」の義か〔名言通〕。(7)「タカラ(尊)」の義〔言元梯〕。「タカラ(尊螺)」の義〔和語私臆鈔〕。(8)金銀財宝のある家には人々が「タカル」ところから〔日本声母伝〕。(9)手に取り持った神憑りの依代の意で、「タクラ(手座)」の義〔古典と民俗学=高崎正秀〕。【発音】〈標ア〉[ラ]〈ア史〉平安○○○室町・江戸●●○〈京ア〉
[タ]【辞書】字鏡・色葉・名義・和玉・文明・明応・天正・饅頭・黒本・易林・日葡・書言・ヘボン・言海【表記】【財】色葉・名義・和玉・文明・明応・天正・黒本・易林【珍】色葉・名義・和玉・文明・明応・天正・易林【寳】色葉・名義・文明・明応・天正・饅頭・黒本
【宝】和玉・天正・黒本・易林・ヘボン・言海【貨】色葉・名義・和玉・文明・易林【賝】字鏡・色葉・名義・和玉【賄・資・貲・賨・琛】色葉・名義・和玉【賮】名義・和玉【化・賖・賂・贄・賔】名義【肥・賳・賑・貹・䝫・䞈・贎・䝬】和玉【塔】文明【珍宝】書言
たから-ぶね【宝船】〔名〕宝物を積んだ船。宝尽くしや七福神を乗せた帆掛け船。また、それを描いた絵。この絵に「ながきよのとをのねぶりのみなめざめなみのりぶねのおとのよきかな」という廻文歌(上から読んでも下から読んでも同じ歌)を書き添え、正月二日の夜、枕の下に敷いて寝ると吉夢を見るという。もし、悪い夢を見たときは翌朝この絵を川へ流すという。古くは、節分の夜、または除夜の行事。《季・新年(古くは冬)》*俳諧・独吟一日千句〔一六七五(延宝三)〕第九「若戎若ゑびす売たから船」*浮世草子・好色盛衰記〔一六八八(元禄元)〕一・四「我宿は、浅草川の浪まくら、宝舟(タカラフネ)に乗たるここちして、わかひ比みた事もなひ、よき夢に」*浮世草子・日本永代蔵〔一六八八(元禄元)〕四・一「宝船(タカラフネ)を敷寝にして節分大豆(まめ)をも福は内にと」*諸国風俗問状答〔一九C前〕阿波国風俗問状答・正月・三四「二日の夜、夢合獏の札とて、宝船の絵をすり物にいたし売歩行申候」

【語誌】(1)絵を枕の下に敷く風習は室町時代に既に行なわれていたとされる。宮中では悪夢を食うという「獏」の字を帆に描いたものが配られ、また、古くは除夜あるいは節分の習俗であり、災厄を払う意味が本来であったらしい。(2)現存最古とされる絵柄は船に稲穂のみを描いたものであるが、近世中期に入ると、七福神が金銀・米俵を満載した船に乗る絵柄によって吉夢を祈願する習俗が流行。宝船と七福神の組み合わせは流行の歌謡などでも定型となり、海のかなたへ災厄を流し去ると同時に、そこから福徳がもたらされるという他界観がより濃厚となる。【発音】〈標ア〉[ブ]〈京ア〉[ラ]【辞書】ヘボン・言海【表記】【宝舩】ヘボン【宝船】言海【図版】宝船〈守貞漫稿〉