萩原 義雄 識

桃の果実が撓わにみのり、市中のマーケットに出回るようになっている。価格は、二玉で七九五円は高いか安いか、相場値段なのかと賑わしつつも、見て取って買われ、桃蜜が食される時節となっている。此れと同じように米も新米と備蓄米とでの価格変動が落ち着かない一喜一憂の日々が続く。

そこで、桃の実を食すとき、丸い実のなかに大きな核(さね)があり、核は苦いものとして捨て去られていくのが常であり、甘き果肉を支えていることを忘れている。此の核が外の果実に比べ大きい理由について多くの人は考えずに甘い蜜味を惠みの果肉として賞味してきている。核芯を考えるとき、巨大化した桃の実を想定した、昔話(岡山県吉備)「桃太郎」が想起されて、核芯に充るところから誕生した男の子を知る。桃太郎の役割が核芯の原点にあるのであれば、じっくり見定めておくことにもなろう。『古文新宝』前集九に「桃源行」詩が詠まれ、『方輿勝覧』常懐府(南方荊州の境)とした『桃源記』等が伝えられてきた。本邦の川に流れ出た大きな桃の実も同じく桃源郷から流れ着いた実に繋がっていく不思議な実である。此の桃から生まれた桃太郎は果肉は問題としていない。「太郎」を冠名「桃」に付けて呼ぶ。犬名にも「太郎」「次郎」が名付けられ、南極大陸に厳しい冬を耐え抜いた犬の名として、像にも刻まれてきている。

さらに、話題を吾人達が主食とする米に轉じて、その米について見るとき、室町時代の『玉塵抄』⑸〔五五七頁9〕の一文に目を留める。

粟-陳大-倉ノ之──陳トソ相因漢文帝史大倉ハ天子ノ大グラソ。米ヲツミ入テヲカレタソ。五年モ三年モアルホドニフルウナツテクサリテトチアウテソレヲ相依ト云タソ。陳々ハフルイトヨムソ。カサ子テ云ハスクレテ久(ヒサ)シウナツタ心ソ。又多イ米ノドレモフルヒタヲ云ソ。クサリテ初ハ黄(キ)ニナリ後ニハアカウナルソ。陳々紅-腐(フ)ト云ハ米ノヒサシウ於イテトヂヤウテクチクサツテアカウナツタヿソ。後ニハクロウナルソ。出雲デ七年米ヲミタカクロイソ。飯ニソハニガウテナンノ味モナイソ。三年ノ後ハ一-向ニヘラヌ米ヲ久ウアヅカリナト□筭用ノ時ニコトノ外干米(カンマイ)ヲ立ルヿアリ。三年マテハヘルソ。ソノ後ハ一向ニヘラヌ者ソ。一年ニワ、イカホトヘリ二年メニワ、イカホトヘリ、三年メニワ、イカホトヘルヿモカンカエテシタソ。ヨウ心エタソ。〔⑸六三八頁14~六三〇頁10〕

とあって、「粟」は『毛詩』巻第十四小雅甫田(ホミ)篇に「我レ取テ二其陳(フルキ)ヲハ一食(ハマシム)二我カ農人ニ一」として、「旧粟」は「陳米=古(フル)米」を云い、此れを具象して話し、その終わりに「干米(カンマイ)」にして保存することを勧めている。講話者は、島根県出雲で七年古米(ふるこめ)を実体験しているから、聞き手にとっては信頼度が増す。当に、単なる知識語りでなく、現実とのつきあわせが茲に具現化されているからだ。「旧きを捨て新しき図る」が世の習いにはあるものの、古きが必ずしも無用とは云えないことも学ぶことにもなろう。五山禅僧の食も米五合、内訳は朝(あした)に三合、夕さり二合を食すとも云う。

愈々、暑さがおさまれば「苞穎(エイ)」から新米が現出することになる。さて、その相場価格は如何となるのだろうか。
 
《補助資料》
⑴「桃太郎」『デジタル大辞泉』
昔話の一。また、その主人公の名。川を流れてきた桃の中から生まれた桃太郎が、老夫婦に育てられ、成長して犬・猿・キジを供に連れて鬼が島の鬼を退治し、金銀財宝を持ち帰る。
⑵「桃源行」詩
森博行「陶淵明『桃花源記並詩』その後」〔『芸術』13号一九六八(昭和四三)年刊〕
⑶話の内容は、道に迷った武陵の漁父が、山洞の奥にある邑里に入り込み、人々が世の変遷を知らずに平和で裕福な暮らしを楽しみ続けている「桃花源」を知る。漁父は此の地で里人から大いに歓待されて、彼の地から戻りはしたものの、再び訊ね探しても見つけることのできなかったという譚。
 

*「桃太郎」像〔岡山駅前、筆者撮影〕

*「犬像」〔国立極地研究所庭、同〕

 
⑷『玉塵抄』室町時代に惟高妙安編、抄物資料〔国会図書館蔵、複製は中田祝夫編「抄物資料叢刊」勉誠社刊〕