萩原 義雄 記

日本語表現とつきあって久しい。なぜならば、この日本列島におぎゃーと生まれて、この地に育まれ、人語を水と空気のように染み込ませているからだろう。詩人の谷川俊太郎さんが慣れ親しんだ日本語という言語文化圏を離れ、日本語メディアが一切ない外つ国で一年暮らしたとき、母国語である日本語の澄まされた特徴に氣づかされたという文章をものしていた。

いま、同じ境遇に立っているなどとは言えないが、擬似体験を試みようしたとき、「・・・することができる」という中学校の国語の時間に習った「れる・られる」の助動詞、五段活用の「飛べる」「泳げる」「乗れる」のような可能の動詞があって、「僕はスキーで滑れるよ」「わたしは海で泳げるよ」「ピアノが弾けるよ」とことがらに見合った表現ができることに気づく。こうした言い回しをいちいち「スキーができる」「水泳ができる」「ピアノができる」と何でもかんでも広い意味合いの「できる」一語に依存してすまそうとする。

「冨士山に登る」=「高い山に登ることができる」、これを「登山をする」→「トレッキングする」といった表現も新種のことがらの流入もあって「できる」の変容とする。恰も「する」が「できる」の代用語ともなった。「できる」の語源は、古文『伊勢物語』〔塗籠本〕筒井筒の段で知られる、

さて、年ごろふ(經)るほどに、女のを(お)やなくなりて、たよりなかりければ、かくてあらむやはとて、河内國ニ、高安のこほりに、いきかよふ ○〈所(傍書)〉いできにけり。
※真名本『伊勢物語』第二三段「筒井筒」の「出来尓」
とあるように、通っていく女のところができたことを「出で来にけり」と云う。新たに生ずること、この「いでき」の語頭母音「い」が脱落して、「できる」と語形を変えたが意味合いは変わらずである。この「できる」が今では「つい出来心」であったり、「腫れ物ができる」「好きな人ができる」「自然とできる」と云った具合に無なるものが有となってくる。このことばを漢字表記して示す語例を『日国』引用の文藝作品資料から抜粋すれば、「出来」を筆頭に「新調(デキ)」「落成(デキ)」「成熟(デキ)」「懐妊(デキ)」「能(デキ)」「優(デキ)」の漢字が允當している。

ものづくりの心もひとつにして「仕上がり」を「できあがる」という。すなわち「ととのう」、その流れがうちの内である奥底に潜んでいて、これがその人の眼前に出来(しゆつらい)する。これが語源の本筋にあるのだと考える。だが、「できる」とは、個人ひとりのものだけではなくして、その心を伝えてこそ衆人の「できる」ことにもなろう。
令和二年、二〇二〇年の年初めに、ただの現象の生起とせずに、己れから進んで自らのことと受け止めて、自分が主体とした表現「わたしにも○○することができる」自由さが培われていくことをめざそうではないか。

 
《補助資料》
小学館『日本国語大辞典』第二版
いで-・く【出来】〔自カ変〕表だったところに現われる。人目にたつ状態になる。(1)(内にあるもの、隠れていたものなどが進み動いて)表に現われる。出現する。出てくる。*万葉集〔八C後〕二〇・四三五八「大君のみことかしこみ伊弖久礼(イデクレ)ば吾(わ)ぬとりつきて言ひし児なはも〈物部龍〉」*竹取物語〔九C末~一〇C初〕「鬼のやうなる物出きてころさんとしき」*枕草子〔一〇C終〕一二七・はしたなきもの「げにいとあはれなりなど聞きながら、涙のつと出でこぬ、いとはしたなし」*古本説話集〔一一三〇(大治五)頃か〕四七「井をほれども、みづいでこず」(2)(なかったものが)新しく生じる。できる。(イ)(ある状態や事件などが)発生する。起こる。*万葉集〔八C後〕一二・二九九五「逢ふよしの出来(いでくる)までは畳薦(たたみこも)重ね編む数夢(いめ)にし見えむ〈作者未詳〉」*伊勢物語〔一〇C前〕九六「女、身に瘡(かさ)ひとつふたついできにけり」*古今和歌集〔九〇五(延喜五)~九一四(延喜一四)〕仮名序「このうた、あめつちのひらけ始まりける時よりいできにけり」*大鏡〔一二C前〕六・道長下「将門が乱いできて」*方丈記〔一二一二(建暦二)〕「都の東南より火いできて、西北にいたる」*平家物語〔一三C前〕一・殿上闇討「上古にはかやうにありしかども事いでこず、末代いかがあらむずらむ」*コンテムツスムンヂ(捨世録)〔一五九六(慶長元)〕三・三八「マタトキニヨッテワケダイノココロideqi(イデキ)、ヲモキ コトモアリ、カロキ コトモ アルベシ」*説経節・説経苅萱〔一六三一(寛永八)〕中「あのしにてんをうたうはやすけれとも、にはかにたいしのいてかうは一ちやうなり」(ロ)この世に生まれる。*源氏物語〔一〇〇一(長保三)~一四頃〕浮舟「若君のいとうつくしうおよずけ給ふままに、ほかにはかかる人もいでくまじきにやとやむごとなきものにおぼして」*堤中納言物語〔一一C中~一三C頃〕このついで「いとうつくしきちごさへいできにければ」*徒然草〔一三三一(元弘一/元徳三)頃〕一九〇「子などいできて、かしづき愛したる、心うし」(ハ)こしらえられる。作られる。しあがる。産出する。*伊勢物語〔一〇C前〕二三「河内の国、高安の郡に、いきかよふ所いできにけり」*源氏物語〔一〇〇一(長保三)~一四頃〕藤裏葉「御返いといできがたげなれば、みぐるしやとて」*堤中納言物語〔一一C中~一三C頃〕よしなしごと「生(いき)の松原のほとりに出(いで)くなる筑紫むしろにまれ」*虎明本狂言・水掛聟〔室町末~近世初〕「当年ほど私が田のいできた事は有まひと仰らるるが」(3)うまくある時機がめぐって来る。*土左日記〔九三五(承平五)頃〕承平五年一月二一日「風も吹かず、よき日いできて漕ぎゆく」*拾遺和歌集〔一〇〇五(寛弘二)~〇七頃か〕雑春・一〇二二・詞書「東三条院御四十九日のうちに子日いできたりける」*源氏物語〔一〇〇一(長保三)~一四頃〕須磨「やよひのついたちにいできたる巳(み)の日」(4)よりよい状態が現われる。*源平盛衰記〔一四C前〕三四・東国兵馬汰「生唼(いけづき)とは黒栗毛の馬、〈略〉当時五歳、猶いてくべき馬也」*花鏡〔一四二四(応永三一)〕比判之事「まづ、当座にて、出来たる能、いでこぬ能の際(きわ)を、よくよく見分きき分て、是を知るべし」
【語誌】(1)上代のイデクは、元の動詞「イヅ(出)」と「ク(来)」の自立性がかなり高かったためか、ほとんどの例が(1)の意味で用いられており、(2)の用法は特異なものであった。(2)中古には(2)(3)の用法が次第に多くなる。中世には(2)の用法が優勢になるが、後期にはイヅルのヅル・デルへの変化に伴って、デクルという形が一般化する。ただし、中世末になってもイデクルは、やや雅語的なものとして残っていたようである。【発音】〈標ア〉[デ]〈ア史〉室町・江戸「いでくる」○●○○〈京ア〉[デ]【辞書】日葡・言海【表記】【出来】言海で-・きる【出来】〔自カ上一〕(カ変動詞「でくる(出来)」の上一段化したもの)〔一〕出てくる。現われる。*百丈清規抄〔一四六二(寛正三)〕二「竺法蘭のこちへできらるるに逢てつれてきたそ」*浮世草子・日本永代蔵〔一六八八(元禄元)〕一・三「泉州に唐かね屋とて金銀に有徳なる人出来ぬ」*仙台言葉以呂波寄〔一七二〇(享保五)〕「できる いづるといふ事」*滑稽本・旧観帖〔一八〇五(文化二)~〇九〕初一「わしははじめてだアが、兄児(せな)アは一度出来たこともおざるとよ〈略〉〈出た事を出来た、出来た事を出た〈略〉みな国ことばなり〉」*俚言集覧(増補)〔一八九九(明治三二)〕「出来た南部にて、出たといふこと、月が出たを月が出来たといふ」〔二〕新しく存在するようになる。(1)物事が生じる。発生する。生まれる。起こる。*平家物語〔一三C前〕九・宇治川先陣「しろしめさぬ海河の、俄にできても候はばこそ」*雑兵物語〔一六八三(天和三)頃〕下「お江戸様にて前代未聞の大火事が出来た時」*浄瑠璃・五十年忌歌念仏〔一七〇七(宝永四)〕中「室の女郎今の内のかかさまにあの弟ができる迄は」*滑稽本・浮世風呂〔一八〇九(文化六)~一三〕二・下「コレ、見な。こんなに痣(あざ)が出来たア」*安愚楽鍋〔一八七一(明治四)~七二〕〈仮名垣魯文〉三・下「合の児でも懐妊てオギャアとさへいへば」*学問のすゝめ〔一八七二(明治五)~七六〕〈福沢諭吉〉初「されば賢人と愚人との別は学ぶと学ばざるとに由て出来るものなり」*障子の落書〔一九〇八(明治四一)〕〈寺田寅彦〉「癪にさはる事が出来て」*青べか物語〔一九六〇(昭和三五)〕〈山本周五郎〉留さんと女「ちょうどそのくらいになるときまって女ができるんだからふしぎよ」(2)作りあげられる。設けられる。しあがる。完成する。*歌舞伎・幼稚子敵討〔一七五三(宝暦三)〕口明「是程は出来ましたれど、是程は暫く待て下されいなんどと、言われませうか」*随筆・胆大小心録〔一八〇八(文化五)〕二六「なるほど、ろくな弟子は出来ぬに、皆かねづかいの、しんだいはつぶれつぶれて、若死」*文明田舎問答〔一八七八(明治一一)〕〈松田敏足〉鉄道「近来追々陸汽車(おかじやうき)とやらが、彼是(あちこち)に落成(デキタ)が」*くれの廿八日〔一 八九八(明治三一)〕〈内田魯庵〉三「先日新調(デキ)た宝石篏入釦鉏(たまいりぼたん)の属いた吾妻コート」*竹沢先生と云ふ人〔一九二四(大正一三)~二五〕〈長与善郎〉竹沢先生の人生観・七「吾々人間と云ふものは、よく出来たもので」(3)みのる。収穫がある。生産される。とれる。*俳諧・新続犬筑波集〔一六六〇(万治三)〕一「春の句の中にあたたかになる二月中旬といふに、はるの日に出来ぬる瓜や進むらん〈似空〉」*史記抄〔一四七七(文明九)〕一五・平津主父「鹹鹵はもののてきぬ地ぞ」*松翁道話〔一八一四(文化一一)~四六〕一・上「今年出来た瓜も精霊」*土〔一九一〇(明治四三)〕〈長塚節〉一四「俺らもはあ、梅だの李(すもんも)だの成熟(デキ)ちゃびやびやすんだよ」(4)手にはいる。得る。*細君〔一八八九(明治二二)〕〈坪内逍遙〉三「四十円出来なければ、三十円でも為方がないが」*道草〔一九一五(大正四)〕〈夏目漱石〉四「今に姉さんに御金が出来たら、健ちゃんに何でも好きなものを買って上げるよ」(5)(特に、主語を明示せずに用いる俗な言い方)妊娠する。*四十歳の男〔一九六四(昭和三九)〕〈遠藤周作〉「あたし、できたらしいの。どうするの」〔三〕能力や可能性を持つ。(1)物事をよくする。学問や技芸などにたくみである。その方面の能力がある。長じている。*滑稽本・浮世床〔一八一三(文化一〇)~二三〕初・中・後叙「一寸出来(ちよつとデキ)ると思の外、此柏屋の約束も翌明々日(あすあさって)と云延たるが」*浮雲〔一八八七(明治二〇)~八九〕〈二葉亭四迷〉二・七「『学問は出来ますか』ト突然お勢が尋ねたので、昇は愕然として、『エ学問…出来るといふ噺も聞かんが…それとも出来るかしらん』」*吾輩は猫である〔一九〇五(明治三八)~〇六〕〈夏目漱石〉一「何といって人に勝れて出来る事もないが」(2)人柄などが円満ですぐれている。精神的修養をつんでいる。苦労している。↓できた〔二〕(1)。*魔風恋風〔一九〇三(明治三六)〕〈小杉天外〉前・入院料「貴女の様にお優なさる方が、些細(いささか)なお金で御心配なさいますのが」*桐畑〔一九二〇(大正九)〕〈里見弴〉愛経・一「何しろ遇ってみて、こいつァ出来てるな、と思ふやうな人間は実に少ないね」(3)することが可能である。することが許される。動作を表わす語を受けて、その動作をすることが可能である意を表わす。*浄瑠璃・五十年忌歌念仏〔一七〇七(宝永四)〕中「わか衆の前がみ女の脇詰男がしらいでたつ物か、できぬ仕方と言ひければなふ、そこらを忘れるおなつでなし」*歌舞伎・お染久松色読販〔一八一三(文化一〇)〕序幕「年が明けざアその相談はどうも出来ますまいて」*滑稽本・浮世床〔一八一三(文化一〇)~二三〕初・上「東西東西おらが内でそんな咄は出来ねへ。気障気な話は止たり止たり」*当世書生気質〔一八八五(明治一八)~八六〕〈坪内逍遙〉はしがき「稗史を著てよと乞ひたらんには予には不能(デキぬ)と逡巡して稗史は著で頭を掻べし」〔四〕男と女が愛情をかわす。男女がなかよくなる。↓できた〔二〕(2)。*雑俳・柳多留‐七〔一七七二(安永元)〕「出来そうになると藪入りかへるなり」*滑稽本・浮世床〔一八一三(文化一〇)~二三〕二・下「ムムおらが伯母御の子息が泊客に来てゐた娘と出来て懐胎(をれこま)したもんだから」*老年〔一九一四(大正三)〕〈芥川龍之介〉「駒形の、何とか云ふ一中の師匠─紫蝶ですか─あの女と出来たのもあの頃ですぜ」〔五〕賭博が開帳される。*洒落本・卯地臭意〔一七八三(天明三)〕「今日内会のめくりができると言ふから、ソレ此春こしらへたもへぎはかたを、たちまち二本通用とくらはして行た所が」【語誌】(1)「デクル」の「クル」が「来」であるという語源が忘れられた結果、二段活用の一段化に影響されて成立した。近世以降「デクル」よりも優勢となる。(2)「デキル」から変化した「デケル」という形もあり、近世前期には「デキル」と「デケル」とが拮抗していたが、後期に入ると「デケル」は方言的なものと意識されていたらしい。(3)カ変動詞「でくる」から転じたものであるが、連用形はカ変か上一段か区別ができないので、便宜上この項におさめた。【方言】(1)出る。出て来る。《できる》仙台「まかりできました」† 058 岩手県気仙郡「布団から足ぁできた」「お月様ぁできた」102 宮城県北部113117121 山形県139 福島県北部155162 東京都八丈島042 山梨県062461「水ができる(出る)で洗濯がでる(できる)」463(2)生まれる。《できる》山梨県北巨摩郡462 愛媛県松山846(3)他出する。《できる》長野県諏訪481(4)来る。《できる》東京都八丈島038(5)果実などが熟す。《できる》宮城県登米郡115 玉造郡116 茨城県062(6)うまくいく。上等に仕上がる。《でぃきゆん》沖縄県首里993(7)酒が飲める。《できる》北海道函館「ちっともできません」067(8)大変である。《できる》岡山県津山市040【語源説】「イデクル(出来)」の上略の転〔国語の中に於ける漢語の研究=山田孝雄〕。【発音】〈なまり〉ゼクル〔豊後〕デクイ・デクル〔鹿児島方言〕デケル〔秋田・富山県・伊賀・南伊勢・京言葉・大阪・神戸・紀州・和歌山県和歌山・島根・NHK(徳島・長崎)・愛媛周桑・伊予・対馬・島原方言〕デゲル〔津軽ことば・岩手〕デッキル・デッケル〔富山県〕デル〔岩手・仙台方言・山形・福島〕レケル〔福井大飯〕〈標ア〉[キ]〈京ア〉[0]【辞書】ヘボン・言海【表記】【出来】ヘボン・言海