萩原 義雄 記

寒暖の変動が目まぐるしく続く冬から春へと移り行く季節がらに、野に出て春の兆し探しに歩く。戦争映画であるのに、野の春景色を冒頭に描き出したアニメ映画「この世界の片隅に」の描画、白いタンポポの花がとても美しい。印象的である。身近な日常がそこにあり、江戸浄瑠璃の『国性爺後日合戦』〔一七一七(享保二)年〕の道行描写「ちちとちとちとたんほほの、花をたむけにぬさ取て……」を想起して見たりもする。古い和名を「ふちな」「たな」「ぐじな」と呼称した。この「タナ」は「田菜」で、この「タナ」がタンに転じて、それに花後種子の冠毛(綿毛)が「ほほける」意味の「ホホ」とが複合化し、「たんぽぽ」となったという(『倭訓栞(わくんのしおり)』『大言海』)。このアニメ場面でも、主人公のすずさんがこの「たんぽぽの綿毛(軽い冠毛)」をふッと吹いて風に乗せて飛ばすシーンがあったりしていた。この時季、人も長く住み慣れた土地を離れて遠くへ移動することが重なる。「引っ越し」と云うことば一つではその人の機微なる感情は伝えきれないものがある。転居の三分の一がこの三月中旬に集中するという。綿毛のように、風に運ばれていく訣にはいくまい。その新たなる旅立ちを想い出す時でもある。
 
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《補助資料》
小学館『日本国語大辞典』第二版
たんぽぽ【蒲公英】〔名〕(1)キク科の多年草。世界の温帯、亜寒帯に広く分布し、日当たりの良い山野、路傍に生える。高さ一五〜三〇センチメートル。葉は根ぎわに放射状に群がって生え、長楕円状へら形で縁は不規則な羽状にせん裂する。春、次々と花茎を出し、先端にすべて舌状花からなる径約三センチメートルの黄色、または白色の頭花を頂生する。果実には白い冠毛がかさ形につき風にのってとび散る。若葉は食べられる。漢方では開花前にとって乾燥した葉を蒲公英(ほこうえい)といい、解熱・健胃薬などに用いる。日本にはエゾタンポポ、カントウタンポポ、カンサイタンポポなど約二〇種が自生し、セイヨウタンポポが帰化している。漢名、蒲公英。ふじな。たな。ぐじな。むじな。学名はTaraxacum 《季・春》*文明本節用集〔室町中〕「蒲公草タンホホ」*日葡辞書〔一六〇三(慶長八)〜〇四〕「Tanpopo (タンポポ)」*料理物語〔一六四三(寛永二〇)〕七「たんぽぽあへ物。に色。汁」*和漢三才図会〔一七一二(正徳二)〕一〇二「蒲公英(タンポポ)〈略〉和名不知奈一云太奈俗云太牟保々」*浄瑠璃・国性爺後日合戦〔一七一七(享保二)〕道行「ちちとちとちとたんほほの、花をたむけにぬさ取て」*日本植物名彙〔一八八四(明治一七)〕〈松村任三〉「タンポポ蒲公英」(2)おもちゃの一つ。鼓の小さいもの。*虎明本狂言・磁石〔室町末〜近世初〕「いや是にはこま道具〈略〉たんほほ、ふりつづみ、さまざまの物が有」【方言】〔一〕植物。(1)のげし(野芥子)。《たんぽぽ》筑前† 039 東京都三宅島・御蔵島333 鹿児島県奄美大島965(2)あけび(通草)。《たんぽぽ》遠州† 039(3)ひがんばな(彼岸花)。《たんぽぽ》香川県827 小豆島829(4)おにたびらこ(鬼田平子)。《たんぽぽ》鹿児島県名瀬市965(5)しろつめくさ(白詰草)。《たんぽぽ》長野県佐久485(6)いぬびわ(犬枇杷)。《たんぽぽ》和歌山県東牟婁郡692(7)蓮(はす)の実。《たっぽっぽ》茨城県北相馬郡188 〔二〕(1)雪だるま。《たんぽんぽ》岐阜県飛騨502(2)げたの裏にたまる雪の塊。《たんぽぽ》岐阜県飛騨502(3)利息。また、積もり積もって大きくなること。《たんぽぽ》岐阜県飛騨502 【語源説】(1)鼓草(つづみぐさ)をいうところから、鼓の音を擬した語〔日本語原学=林甕臣・野草雑記=柳田国男・たべもの語源抄=坂部甲次郎〕。(2)タンは古名タナの転。ホホは花後のわたがほほけているところからか〔大言海〕。(3)タマフキフク(玉吹々)の義〔名言通〕。【発音】〈なまり〉タタンポコ・タンタンボ〔静岡〕タンポ〔栃木・埼玉方言・東京・豊後〕タンボコ〔静岡・南伊勢〕タンポコ〔岐阜・愛知・南知多・播磨・大和・紀州・和歌山県・和歌山・鳥取・島根・岡山・徳島・福岡・豊後〕ダンポコ〔土佐〕タンポッポ〔豊後〕タンボボ〔埼玉方言〕チャンポコ〔岐阜・愛知〕チャンポポ〔秋田〕〈標ア〉[タ]〈京ア〉[タ]【辞書】文明・日葡・書言・ヘボン・言海【表記】【蒲公英】書言・ヘボン・言海【蒲公草】文明【金簪草】書言【図版】蒲公英( 1)

120_02◆白い蒲公英
吾人自身、徳川ウルトラマラソンで春三河半田市の本光寺から長崎県島原市本光寺まで単独で走った折、ちょうど広島の西条付近の道端で咲いていたあの白い蒲公英が想い出された。
◆近松門左衛門『国性爺合戦・国性爺後日合戦』岡野美春[ほか]明27年5月刊、国立国会図書館藏。請求記号:特52-597
https://www.youtube.com/watch?v=TfzXjfEEl8M
どらえもん「たんぽぽの詩」