萩原 義雄 記述

教育現場でのテキストづくりはと、来年度のシラバスを念いながら、昨今の新聞報道に踊る「教科書」の文字がヤケに目に入るこの頃である。こうしたなか、一月二十三日〔土〕の毎日新聞朝刊の一面左隅に「教科書検定処分重く」の記事の教科書会社十二社概要の計数値「謝礼なし、一一五一(人)」「謝礼あり、三九九六(人)」には目を見張る。だが、私の関心事の記事は下段に所載された「余録」の内容であった。「昔の寺子屋の素読用の教科書…「往来物」(おうらいもの)…往復一対の手紙を手習いの手本としたことに発するという。たとえば商業や農業の知識の教科書は「商売往来」「農業往来」と題された。版元にとっては、需要の安定した往来物の刊行は経営安定の決め手となったようだ」と云う現代の学生に江戸時代全般に使用されてきたこの「往来物」をテーマに江戸素養教育の言語社会を見定めて学ぶ授業を行って来ているからだ。一九、馬琴、三馬もその書き手であり、図絵は北齋と当代一流の絵師が手がけている。

「耳に触れ目に見ることいづれか大慈大悲の誓願に洩るゝことやある。」とは、『慶長見聞集』に所載する一文言であるが、こうした「大慈大悲の誓願」といった仏教用語を学ぶにしても、また、経済で云う「インフラ」なる語や政治が推進する自民党改憲構想に用いている「緊急事態宣言」なる語の意味をどう理会できるかなどを考えて行く事前の取り組みとして、大学生の基礎学力を補うための「基礎用語集」(各講義科目で使用する用語解説の冊子)を昔の「往来物」で云うところの語彙科往来に学んで開講前に製作配布し、時にこれを講義解説することが必要となっていると思う昨今である。

《補助資料》
毎日新聞「余録」
http://mainichi.jp/articles/20160123/ddm/001/070/125000c参照。

▽参考図書『日本古典文学大辞典』岩波書店刊
1)一九…十返舎一九著『東海道中膝栗毛』→『勇烈新田往来』『児女長成往来』(歌川国安画)』※「→印」の右が往来物、以下同じ。
2)馬琴…曲亭馬琴著『南総里見八犬伝』→『雅俗要文』
3)三馬…式亭三馬著『浮世床』→『小野舷哥字盡』
4)北齋…葛飾北斎画『北斎漫画』→『絵本庭訓往来』他図絵(架蔵本使用)

浄心著、一六一四(慶長一九)年(慶長十五)/見聞集。江戸の風俗、歌舞伎といった庶民的な事柄や、浄心がかつて仕えた後北条氏のことなどをまとめたもので、後に「北条五代記」「見聞軍抄」「そぞろ物語」「順礼物語」に分けて刊行している。
http://www.wul.waseda.ac.jp/kotenseki/html/ri05/ri05_02081/index.html

「大慈大悲の誓願」
http://www.hitomarusan-gesshoji.jp/gessyou13-01.htm

小学館『日本国語大辞典』第二版「大慈大悲」(「大慈」は、衆生に楽を与えること。「大悲」は、衆生の苦をとり除くことの意)仏語。広大無辺の慈悲。特に、観世音菩薩の大きな慈悲をたたえて、観世音菩薩そのものをさすことがある。初出例は、『曾我物語』卷第二に「持佛堂(ぢぶつだう)にまい(ゐ)り、くどきけるは、「大慈大悲(ぢひ)の誓願(せいぐはん)、かれたる草木(くさき)にも、花さき實(み)なるとこそきけ。などや、かられが命(いのち)をもたすけたまはざらん。これ、幼少(ようせう)の古(いにしへ)より、ふかくたのみをかけたてまつる。毎(まい)日に三卷普門品ぐはんふもんぼん[お] をこたらざるしるしに、かれらが命(いのち)をたすけたまへ」と、もだへ(え)こがれけるぞ、無慙(むざん)なる。」
「インフラ」
http://dictionary.sanseido-publ.co.jp/topic/10minnw/002infra.html

インフラストラクチャー(infrastructure)の略で、もともとは「下部構造」という意味です。これが転じて「産業や生活の基盤として整備される施設」をさすようになりました。狭い意味では、道路・鉄道・上下水道・送電網・港湾・ダム・通信施設など「産業の基盤となる施設」をさしますが、広い意味では学校・病院・公園・福祉施設など「生活の基盤となる施設」もさします。

「緊急事態宣言」
http://www.data-max.co.jp/271113_ymh1/

ドイツ「ワイマール憲法」→「ナチス憲法」
一九三二(昭和七)年十一月六日総選挙ナチス33,1 %(得票率)
一九三三(昭和八)年二月二八日ヒットラー大統領、「緊急事態宣言」を発令