萩原 義雄 記

禅研究館前の櫻樹(さくら)が今年も見事に咲き綻びはじめている。鳥の囀りも心地よさをますことになる。同じ木々でも咲き誇る自然環境の場が異なれば、その気配や様態にしてもこれまた自ずと一つではないときているから実に妙趣なのではなかろうか。「名詮自性」とは云うが、「さくら」は「さくら」、でも、これには本当のところ、別な風格を持ち合わせている。冠名が上位に、下位に添えられて関連語は七百語を超えている。たとえば「山― 」「里― 」「大島―」 「染井吉野」「江戸彼岸―」 「彼岸―」などと上位語が付いていく。この反対に「―道」「―山」「― 島」「―川」「―海老」「―鯛」「―人」と云った下位語が添えられていく。淡紅・白などの美しい五弁花で、八重咲きがあったりで。東アジアに多く、数十の野生種が知られてきた。日本以外にも韓国済州島東側のさくら並木は目を見張ったことを覚えている。日本の原風景と紛う美しさを見た感が今も甦ってくる。

謡曲「西行桜」の

 あたら桜の蔭暮れて、月になる夜の木の本に、家路忘れてもろともに、
  今宵は花の下臥しして、夜と共に眺め明かさん

こうした、昼の空間では思えない、夜の空間までの時の移り変わりを一緒に共有しあって、心感の情を学ぶ世界がここ大学を含めた周圏帶と言った学びの場にはなくてはならない氣がしてならないのは、私だけであろうか……。

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《補助資料》
「さくら」の語源説は数説あるが、「サガミ(田神)のサで、穀霊の意。クラは神の憑りつく所の意のクラ(座)で、サクラは穀霊の憑りつく神座の意。桜に限らなかった」とする桜井満『万葉集東歌研究』説を此所に添えておきたい。
〔図絵、抜き書きの文は、小学館『日本国語大辞典』第二版より〕

花に添ひ 春の野邊(のべ)に こまかへり
   吾(あ)がよろこび 汝(な)がこゝろざし

逢源