萩原 義雄 識

令和二年の如月を迎え。各地では雪不足の声が聞こえ、雪山でのスキーを楽しむにはやや雪質も問題となっている。暖気がもたらす影響は、冬の季語でもある「衣更着」が厚手の羽織り物を着る必要がない温かさが断続的にやってきている。

こうしたなか梅花が綻び始めた。
菅原道真公の十一歳の時(文徳天皇斉衡三年)の初めて作ったという詩が『菅家文藻』卷一に、
 
月耀如晴雪梅花似照星
可憐金鏡轉庭上玉房馨

 
と「月夜見梅華」という題で所載している。父是善も息子の研ぎ澄まされた感性に驚愕したことであろう。月夜に雪、星空に梅の花となんと風情ある景観を思い興させてくれる。

この菅公さん、今の私たちには「学問の神さま」として受験生の合格祈願に繋がっていて馴染み深いのではないだろうか。入試(=お受験)は、家族あげての緊迫する時と場となる。この冬、風邪予防はさることながら、新型コロナウイルスが猛威を揮い続けているようだ。飛沫感染と接触感染とに予防対策が講じられてきた。

今は人前で「ハクション!」と嚔すら躊躇してしまう昨今だが、備えあれば憂いなしの気持ちで家の玄関を一歩出るときから、再び戻るまでの時間を各々できっちり組み立てて見るに相応しい「つき【月】=きさらぎ」なのだと、今こそぐっと身を引き締めていきたい。

梅の花〔當山日出夫撮影〕

《補助資料》
元亀二年本『運歩色葉集』記部に、「衣更着(キサラギ)二月也。餘寒猶厳故云」〔二八五頁9〕
小学館『日本国語大辞典』第二版
き-さら-ぎ【如月・二月・衣更着】〔名〕陰暦二月の称。《季・春》*日本書紀〔七二〇(養老四)〕仁徳六二年是歳(前田本訓)「春分(キサラキ)に至りて始めて氷を散(くは)るなり」*延喜式〔九二七(延長五)〕祝詞・祈年祭(九条家本訓)「今年二月(キサラキ)に御年初めたまはむとして」*源氏物語〔一〇〇一(長保三)~一四頃〕澪標「あくるとしのきさらきに春宮の御元服の事あり」*山家集〔一二C後〕上「ねがはくは花のしたにて春死なんそのきさらぎの望月の頃」*文明本節用集〔室町中〕「衣更著キサラギ。倭国二月異名也。或作春分如月(キサラギキサラギ)余寒衣猶厳冬故云衣更著
【語源説】(1)寒さのために衣を重ねるところから、「キサラギ」・「キヌサラギ(衣更着)」の義〔奥義抄・名語記・下学集・和爾雅・日本釈名・南留別志〕。(2)陽気が発達する時節であるところから、「キサラキ(気更来)」の義〔和訓栞〕。「イキサラキ(息更来)」の義で、「イキ」は陽気のこと。また「スキサラギ(鋤凌)」の義。この月には田を鋤き畑を打つところから〔兎園小説外集〕。(3)正月に来た春が更に春めくところから、「キサラギ(来更来)」の義か。また、八月に雁が来て更にこの月にはつばめが来るところから、「キサラギ(来更来)」の義か〔類聚名物考〕。(4)キサラギ(衣更衣)の義〔古今要覧稿所引十二月倭訓〕。(5)去秋に黄落した草木が更に変わる月であるところから、「キサラギ(葱更生)」の義〔和語私臆鈔〕。(6)草木更新の意で、「キサラツキ(木更月)」の約濁〔日本古語大辞典=松岡静雄〕。(7)キサユラギツキ(萌揺月)の略か〔大言海〕。(8)「キサカエツキ(木栄月)」の略〔菊池俗言考〕。(9)キサラオキ(城更置)の義。この月は苗代のために畦をつくり、更に田にも城を置くところから〔嚶々筆語〕。(10)草木の芽が張り出す月であるところから、「クサキハリツキ(草木張月)」の義〔語意考・百草露〕。(11)「クミ(芧)サラ-ツキ(月)」の義〔古今要覧稿所引平田篤胤説〕。(12)春になって気持がさらりとなるところから、「キ(気)サラ-キ(気)」の義〔本朝辞源=宇田甘冥〕。(13)梵語 kisalayi からという高楠順次郎説は正しくなく、純然たる大和言葉から発生したものである〔外来語の話=新村出〕。(14)「宜月」の別音 Kit-ki が Kisa-ki となり、Kisa-Ra-Gi に転化。「宜」は古代中国の祭で、穀物の豊作を地の神に祈る儀式〔日本語原考=与謝野寛〕。【発音】キサラ〈標ア〉[0]〈ア史〉江戸●○○○〈京ア〉[0]【辞書】色葉・下学・文明・伊京・明応・天正・饅頭・黒本・易林・日葡・書言・ヘボン・言海【表記】【衣更着】下学・明応・天正・饅頭・黒本【如月】文明・伊京・明応・易林・ヘボン【春分】文明・天正・書言【衣更著】文明・易林・書言【二月】色葉【更衣】言海