令和7年10月13日に大学三大駅伝の初戦となる「第37回出雲全日本大学選抜駅伝競走」が島根県出雲市にて行われ、応援に行ってきました。

前日の10月12日に、鳥取県支部55周年記念大会と懇親会が開催されました。東京本部役員と鳥取県支部会員が参加し交流を深めました。

鳥取県支部は、昭和45年4月に県支部第1号として設立され、その後設立される他の県支部の礎となりました。
55周年記念大会では、駒澤大学陸上競技部OBの糟谷悟氏による記念講演『襷が繋ぐキセキ』が行われました。現役時代は、箱根駅伝優勝に貢献し、卒業後はトヨタ紡織陸上部で活躍。平成25年大病を患うも闘病生活を乗り越え、平成28年元旦のニューイヤー駅伝で見事復帰されました。実体験に基づく糟谷悟氏の人間が持つ生きる力の凄さや過去・現在・未来を繋ぐ襷の本質のお話で、会場は感動の渦となりました。
 
  
翌日は、いよいよ出雲駅伝の応援です。
出雲駅伝当日。スタート地点の出雲大社前の沿道とゴール地点の出雲ドーム付近で駒澤大学陸上競技部の皆さんの走りを手に汗握りながら応援しました。
我が子ではなくても、日頃から応援している大学の選手たちが、全力で襷をつないでいく姿は、何度見ても胸が熱くなります。
昨日に続き、糟谷悟氏が私たちと一緒に応援に参加頂き、やる気満々で「いざ出陣」。
 


▷ 1区・2区、しっかり流れを作った2人に拍手

 
まずは、谷中晴選手(2年・1区)と帰山侑大選手(4年・2区)が、見事なスタートを切ってくれました。ともに区間2位の好走で、しっかりと上位争いに加わる流れを作ってくれました。特に帰山選手は、4年生らしい安定感と落ち着きで襷を渡してくれて、見ているこちらも安心して応援できました。

【1区スタート直後 トップの谷中選手】

 
▷ 3区・桑田駿介選手、悔しさを次に生かしてほしい
中盤の3区を任されたのは、桑田駿介選手(2年)。この区間で少し順位を落としてしまい、区間9位という結果に終わりました。正直、見ていて苦しそうな表情に胸が締めつけられる思いでした。ですが、それでも最後まで足を止めず、自分の責任を果たそうと走り抜いた姿には、保護者の一人として頭が下がる思いです。レース後には悔しい表情を見せていたようですが、こういう経験こそが、きっと次の成長の糧になるはず。2年生ですから、まだまだこれから。応援し続けたいです。
▷ 4区・伊藤蒼唯選手が見せた、意地の走り
4区を走ったのは、地元・出雲市出身の伊藤蒼唯選手(4年)。区間2位の快走でした。
地元の声援を受けてのレースということで、並々ならぬプレッシャーがあったと思いますが、それを力に変えて、見事な走りを見せてくれました。中盤で落ちた流れをしっかりと引き戻してくれて、チームとしても立て直しのきっかけをつくってくれたと思います。
▷ 5区・菅谷希弥選手の粘りが光った
そして5区を任されたのが、菅谷希弥選手(2年)。ここも非常に重要な区間でした。順位的に厳しい位置でのスタートになりましたが、焦らずにしっかりと走り切ってくれて、流れを崩すことなくアンカーへ襷をつないでくれました。大きく目立つような結果ではなくとも、こういう“粘り”ができる選手がいることが、 駒澤大学の底力だと思います。
▷ 6区・主将・山川拓馬選手が見せた意地のラストスパート
アンカーを務めたのは、主将の山川拓馬選手(4年)。最後の最後で、区間2位の快走。しっかりと チームの意地を見せて、5位でのゴールに導いてくれました。仲間から託された想いを背負って走る姿に、ただただ感動。結果以上に、大事なものを見せてもらった気がします。

【ブルーペガサスの応援を受ける山川選手】

順位は5位。決して満足のいく結果ではなかったかもしれませんが、最後まで襷をつなぎきったこと、それぞれの選手が責任ある走りを見せてくれたこと、本当に立派だったと思います。
今回の出雲駅伝、決して“完璧な駅伝”ではなかったかもしれません。でも、苦しい場面でも顔を上げ、足を止めず、襷をつないでいく姿には、本当に胸を打たれました。一人ひとりがチームの一員として責任を果たそうとする姿は、我が子の事のように、見ているこちらが誇らしくなりました。
これから全日本、そして箱根へと続いていく中で、今回の悔しさや経験が、必ずや次につながっていくと信じています。これからも変わらず、温かい気持ちで思い切り応援していきます。
選手のみなさん、関係者のみなさん、応援指導部ブルーペガサスの皆さん本当にお疲れ様でした。そして、ありがとうございました。