萩原 義雄 記

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「春の嵐」とも云う「春嵐(はるあらし)」が日本列島を西から東、そして北へと進行した。この風雨がおさまると、なんとのどやかな陽ざしが舞い戻ってくるから不思議なものである。恒例の学生サークル春合宿を千葉九十九里浜「白子」で迎えるようになり、此の地も想い出のひとつとなるに相応しい処となりつつある。合宿二日目の天候は、荒れた朝で迎えることを予期するかのように初日の練習をしっかりこなし、翌朝は雨の止むを俟って、グループ毎に戸外ジョグ散歩を行う。

砂浜は、満潮時に波が押し寄せていたであろう、まだ乾ききらない水分を含んだ砂地を踏みしめながらゆっくりと移動する。沖合いの白波もそこそこのせめぎ合いをしているようだ。この砂浜には「二月ごろに吹く強い西風」がもたらす貝寄風(カヒヨセ)」と呼ぶに相応しい無数の名もない貝殻が点々とあざやかさを増す光景となって浜辺を彩っていた。

ひととき、都会の大学キャンパスをはなれ、自然界により近い場所に身を置いて、のびのびと活動してみることも二年生と一年生とが語り合う学生の最も大切な活動でもあろう。彼等も来月四月には、次の上級生として活動する新たなスタート地点に立つからだ。この春合宿は三、四年生の参加は先ずは望まれない、一、二年生が主体の活動行事なのである。社会人に向けての準備ともなる企業説明会に三年生は参席したり、その内定企業とのより緻密なコンタクトをとる四年生がかたやいるからだ。ある意味での、学生が必ず成し得て歩みつづけるうえで、大切な一里塚なる春のはじめの行事へと聯繫していく。卒業する学生を後輩として心から祝う準備期間でもあろう。そう、次は私たち、僕たちがその立ち位置にいることを予期するかのようにだ。一級違いの学生同士がどうつなぎ、どう結び合うのか、その襷渡しの感触を具現化するためにもあって然りの時間だと考える。

まさに、望春を前に吹き荒れる「春疾風(はるはやて)」が彼等を一歩でも後押しするように……。そして、本日は上巳(雛の節句)を迎えようとしている。
 
◾︎ 小学館『日本国語大辞典』第二版
はる‐あらし【春嵐】〔名〕二月から三月にかけて吹くはげしい風。春疾風(はるはやて)。春荒れ。《季・春》*林泉集〔一九一六(大正五)〕〈中村憲吉〉春の鴉「春あらし樹木の光りて塀のうへにくだれる鴉啼かざりにけり」*川の灯〔一九六三(昭和三八)〕〈長谷川かな女〉茨の実「野狐ほどもなし我身がさ春嵐【発音】〈標ア〉[ア]
しゅん‐らん【春嵐】〔名〕(1)春に吹くあらし。(2)春、山野にかかるもや。*韋応物‐西郊遊宴詩「西郊鬱已茂、春嵐重如積」【発音】〈標ア〉[0]
はるの雨(あめ)春に降る雨。はるさめ。《季・春》*万葉集〔八C後〕四・七八六「春之雨(はるのあめ)はいやしき降るに梅の花いまだ咲かなくいと若みかも〈大伴家持〉」*俳諧・曠野〔一六八九(元禄二)〕二・初春「春の雨弟どもを呼てこよ〈鼠弾〉」
かい‐よせ[かひ‥]【貝寄・貝寄風】〔名〕陰暦二月二〇日の前後に吹く西風。陰暦二月二二日(現在は五月二二日)に行なわれる大阪の四天王寺の聖霊会に供える造花の材料の貝を、難波の浦辺に吹きよせる風という。この貝は龍神から聖徳太子に捧げるものといい伝える。《季・春》*俳諧・俳諧新式〔一六九八(元禄一一)〕二月の詞「貝(カイ)よせの風廿日廿一日のころふく風をいふなり」*物類称呼〔一七七五(安永四)〕一「伊勢の国鳥羽、或は伊豆国の船詞に〈略〉大風には、二月吹を貝よせと云。正月の節より四十八夜前後の西風也」*譬喩尽〔一七八六(天明六)〕二「貝寄(カイヨセ)とて大西風吹く二月中比四天王寺聖霊会前風云也」*洒落本・古契三娼〔一七八七(天明七)〕「貝寄(カイヨセ)の吹く春の旦(あした)より鰯雲の雨催す秋のゆふべまで」*俳諧・発句題叢〔一八二〇(文政三)〜二三〕春・中「貝よせの風は柳に通ひけり〈恒丸〉」*長子〔一九三六(昭和一一)〕〈中村草田男〉「貝寄風(カヒヨセ)に乗りて帰郷の船迅し」【方言】(波が荒れて海岸に貝を寄せるところから)(1)二月ごろに吹く強い西風。《かいよせ》伊豆† 020 伊勢† 020 三重県志摩郡585 《けよせ》鹿児島県961(2)陰暦三月ごろの波の荒れ。《けえゆし》鹿児島県喜界島983
はる‐はやて【春疾風】〔名〕(「はやて」は急に激しく吹きおこる風)砂塵を巻きあげて吹く春の疾風。春嵐。《季・春》*榛の木〔一九四九(昭和二四)〕〈川島彷徨子〉昭和一七年「春疾風襁褓かたよせあほちいつ」【発音】〈標ア〉[ハ]〈2〉
 
◾︎「平成ニッポン生活便利帳」【十二か月のきまりごと歳時記】
(現代用語の基礎知識2008年版付録)
春の風 十二か月のきまりごと歳時記〈季節のコラム〉【風の歳時記】
▼二十四番花信風(にじゅうしばんかしんふう)
小寒から穀雨までの八つの節気をそれぞれ三つにわけ、それぞれの時季に咲く花の便りをもたらすとされる風。小寒=梅、山茶(椿)、水仙、大寒=瑞香(沈丁花)、蘭、山礬、立春=迎春(黄梅)、桜桃(ゆすら)、望春(辛夷)、雨水=菜(菜の花)杏、李、啓蟄=桃、棣堂(山吹)、薔薇、春分=海棠、梨、木蓮、清明=桐、麦、柳、穀雨=牡丹、荼靡(頭巾薔薇)、楝(栴檀)。
▼涅槃西風(ねはんにし/ねはんにしかぜ)
釈迦が入滅した旧暦二月十五日の涅槃会前後に吹く西風。おおよそ穏やかだが、強風のときは「涅槃嵐」などという。
▼貝寄風(かいよせ)
「貝寄」とも書く。旧暦二月二二日に大阪・四天王寺で行われていた聖霊会(しようりようえ)に供える造花の材料の貝殻を浜辺に吹き寄せる強い西風のこと。
▼春一番
立春から春分までの間に、初めて強い南風が吹いて気温が上がる現象。日本海を強い低気圧が通過するときに生じ、気象庁で発生を発表している。観測後に同じような風が吹くと、春二番、春三番……と呼ぶ。